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2011-01-19(Wed)

ミラノ市街

日本に戻る前に、やはり、最後のミラノを歩かないわけには行きませんので半日かけて歩きました。しかし、大都会のミラノ全てを簡単に歩けるものではありません。
ミラノは、観光スポットの数も種類も非常に多く、どこに行くべきか?と聞かれても、観光する人の興味が何か?によるのです。ですから、個人で旅行をする人は、ミラノを十分に調べた上で自分の興味のあるところに行くように計画すべきだと思います。逆に言えば、ミラノはほとんど全ての人を満足させてくれる街でもあるのです。一時期西ローマ帝国の首都でもあったミラノは時代と共に成長して徐々に大きな街となり、今では、世界のファッションの中心都市でもあります。サッカーでも、インテルとACミランの2つの強豪チームがミラノを本拠地としています。それに、世界のオペラの殿堂であるスカラ座もミラノにあります。従って、歴史に興味がある人もない人も、芸術に興味のある人もない人もミラノは温かく迎えてくれます。そんなミラノを紹介するのは至難の業でもあります。その中から、厳選して、最後に歩いたコースに沿って説明します。

ミラノの世界遺産としてダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はあまりにも有名です。しかし、ミラノのシンボルは、「最後の晩餐」ではなく、ドゥオモだと思います。ミラノのドゥオモは世界遺産でもなんでもないので、フィレンツェのドゥオモ等と比べると、有名観光地として取り上げられることも少なく、その実物を見るまではマイナーな観光地と考えている人が多いのではないかと思います。でも、初めてミラノに来た人が地下鉄の駅から地上に出た時に、正面に聳え建つドゥオモとのファースト・コンタクトは、感動以外の何ものでもありません。その光景は、その人の脳裏に長く残ることになると思います。
13082010_08_ドゥオモ広場_006 13082010_08_ドゥオモ広場_004 13082010_07_ガレリア_002

ドゥオモはミラノ観光の出発点でもあります。ドゥオモの外観と内装を納得するまで見た後は、自分たちの興味に併せて、ミラノの街を観光してください。ガレリアやモンテ・ナポレオーネ通りでショッピングも良いでしょう。オペラやサッカーを見に行くのも良いと思います。でも、せっかくミラノに来たのですから、やはり、「最後の晩餐」とスフォルツェスコ城は覗いたほうが良いと思います。「最後の晩餐」はイタリアで3番目に世界遺産に登録されました。1980年の登録内容を読むと、“ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会とドメニコ会修道院”となっています。従って、「最後の晩餐」だけでなく、サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会も世界遺産の一部なのです。このルネッサンス建築の教会は、外観も内装も世界遺産にふさわしいものです。
13082010_13_SMDグラッツェ教会_003 13082010_13_SMDグラッツェ教会_002 最後の晩餐02

そしてスフォルツェスコ城も必見です。これほど保存状態の良い中世のお城は、イタリアの中でも珍しいと思っています。それに加えて、城内にある博物館のコレクションは、ミケランジェロの“ロンダニーニのピエタ”にだけでなく、全て比類のないものです。
13082010_17_スフォルツェスコ城_007 13082010_17_スフォルツェスコ城_030 13082010_17_スフォルツェスコ城_036
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ブレラ美術館も素晴らしいのですが、ブレラ地域の街並が日本から来た観光客に人気があります。小さな石畳の路地にカフェのテーブルが並んでいて、如何にもミラノにいることを実感させてくれるところです。何度も来たのですが、最後にまた歩いてしまいました。
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ミラノで一番好きなエリアは、マジェンダ通りから裏道に入り、ドゥオモ近くのトリノ通りまでの地帯です。まず、マジェンタ通りにあるサン・マウリッツォ教会とその隣にある考古学博物館を訪ねた後、ミラノの考古学エリア(西ローマ帝国時代の中心地)である迷路のような裏通りを、古い街並を楽しみながらトリノ通りに向かってゆっくりと散策するのが一番の贅沢な楽しみです。
13082010_12_サンマウリッツォ教会_014 13082010_12_サンマウリッツォ教会_008 13082010_12_サンマウリッツォ教会_013
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ちょっと周り道になりますが、そのコースに、ローマ時代に建てられたサンタンブロージョとサン・ロレンツォの古い教会も入れてしまいます。やはり、この2つの教会には歴史の重みを感じます。時間があればトリノ通りの近くにあるアンブロジアーナ美術館にも寄ってください。
13082010_14_サンタンブロイージョ教会_001 13082010_20_サンロレンツォ教会_004 13082010_20_サンロレンツォ教会_009

駆け足のミラノになりましたが、本当は、時間の余裕を持って、ジェラートを食べながらゆっくりと、イタリアで一番お洒落な街の散策を楽しんでもらいたいのです。お城、教会、美術館・博物館、ショッピング、オペラにサッカーと全てがそろっているミラノは、全てを見た上で、この街を十分楽しもうとすると、1週間は必要だと思います。
13082010_04_スカラ座広場の裏_007 13082010_05_スカラ座広場_003 13082010_06_スカラ座博物館_001

ミラノ市街地での交通手段は、地下鉄、バス、トラムです。全て、ATM社の乗り物ですから、共通のチケットです。原則、1回乗ると1ユーロですが、地下鉄以外は75分間有効ですので、バスとトラムは途中下車しても75分間は1ユーロのチケットが有効です。但し、地下鉄だけは乗る毎に1ユーロです。1日券(3ユーロ)又は2日券(5.5ユーロ)は割安になっているので購入しておくと経済的でしかも非常に便利です。1日券は最初に乗ったときから24時間、地下鉄、バス、トラムのどれを乗っても追加はありません。2日券は48時間です。ですから、気兼ねすることもなく、乗りたいときに乗りたい乗り物に乗ることが出来ます。チケットは駅や街のタバッキで購入できます。他には10回券(9.2ユーロ)もあります。利用の仕方は、最初の目的地の近くまでは地下鉄で行って、そこからは、外が良く見えるトラムを利用するのがお勧めです。外を見ながら降りたいところで降りることが出来ます。通り過ぎても駅間が短いので次の駅から歩いても問題ありません。ミラノの観光地図と交通機関路線図は、ツアリスト・インフォメーション(ドゥオモ広場の地下)に置いてあります。月刊のHello Milano(新聞のようになっています)を貰うと、観光地図と路線図の両方とも描いてありますので、利用価値が高いと思います。
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2010-12-29(Wed)

ベッリンツォーナ

今回は国境を越えてスイスに行ってきました。とは言っても、ミラノ中央駅からユーロスターで1時間25分のところなのです。ここも簡単に行けると考えていて後回しにしていたところです。ですから、スイスといってもイタリア語が通じますし、違うのはパスポートを持って行くことぐらいです。そのパスポートも一度も検査されることはありませんでした。ベッリンツォーナは、2000年に世界遺産に登録された“旧市街と3つのお城”がありますが、それだけでなく、アルプスの麓にある人口17000人の街は景色も最高です。

ベッリンツォーナは鉄道駅があることでもわかるように、テチーノ渓谷にある古くからの交通の要所で、最初に城壁が造られたのはローマ時代の紀元4世紀だそうです。現在見ることが出来る3つの城と城壁は13~15世紀にかけて建てられたものです。この3つのお城は、もちろん、テチーノ渓谷を通って攻めてくる北からの侵略者に備えたものです。旧市街の直ぐ西にある高さ50メートルの岩の上にあるお城がカステル・グランデで、ミラノのヴィスコンティ家が13世紀に建てたもので、14世紀にはその城壁は、西1キロ先を流れるテチーネ川まで延ばしたそうです。スフォルツァ家が15世紀に補強したものが現在まで残っています。2つ目のお城はモンテベッロ城で、旧市街の東、現在の鉄道線路の先にある高さ90メートルの丘の上に、コモの領主であったルスコニ家によって、13/14世紀にかけて建てられました。この時期、ヴィスコンティ家とルスコニ家はこの地で両立していたそうです。3つ目のお城は、モンテベッロ城の更に東にある高さ230メートルの山の上に、スフォルツァ家が15世紀に僅か6ヶ月で建てたと言われるコルバーロ城です。
25072010_15_ベッリンツォーナ街並3_006 25072010_11_カステルグランデ_041 25072010_02_ベッリンツォーナ街並1_003

駅に到着しても、ここがスイスだという感覚はまったくありませんし、イタリアとの違いも感じません。旧市街は駅から2,3分のところですので、お城を見る前に、旧市街の散策を始めました。旧市街に入ると直ぐに広場があり、そこにこの街の教区教会であるコッレガーテ教会があります。ここが旧市街の中心です。
25072010_03_コッレジアーテ教会_002 25072010_03_コッレジアーテ教会_005 25072010_03_コッレジアーテ教会_008

広場の直ぐ近くにインフォメーションのあるコミューネがあり、その先のインディペンデンツ広場にはサン・ロッコ教会があります。ここまでが旧市街です。要するに、ここの旧市街はすごく小さいのです。
25072010_04_コムーネとコムーネ広場_001 25072010_04_コムーネとコムーネ広場_010 25072010_05_インディペンデンツァ広場_002

旧市街を出て、更に南に進むと300メートル先に小さなサンタ・マリア・デッラ・グラッツェ教会があります。この教会に入ると正面にキリストの生涯を描いた見事なフレスコ画があります。また、東の丘の上にある小さなロマネスク様式のサン・ビアジォ教会のフレスコ画も見事です。この2つの教会は旧市街の外にあり、観光コースを外れているのですが、アルプスの麓にある田舎の教会の雰囲気が漂っています。
25072010_07_SMDグラッツェ教会_009 25072010_09_サンビアジョ教会_002 25072010_09_サンビアジョ教会_008

2つの教会を見た後、旧市街に戻る道すがら見えるカステル・グランデとモンテベッロ城は、これから見に行く期待を膨らませるのに十分な眺めでした。
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旧市街に戻ると早速カステル・グランデに入りました。ここは入場無料なので、城内にいるたくさんの観光客は、公園にいるような感じでくつろいでいます。城塔に登ると、周りの素晴らしい景色が一望できます。隣のモンテベッロ城はもちろんのこと、その先にあるコルバーロ城も良く見えます。それに加えて、周りの山々は素晴らしく、いつまでも見ていたいくらいです。テチーネ川まで続く城壁も散策コースになっていて、どこまでも歩いていくことが出来ます。また、城壁の下には石のトンネルの通路があって、そこも歩いて通れます。この通路は、戦時に兵隊や兵器を安全に運ぶ為に造られたのだと思います。
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旧市街のコッレガーテ教会の横の脇道を抜けると、2つ目のモンテベッロ城に繋がる登り道があります。90メートルの登り階段はちょっと大変でしたが、モンテベッロ城に辿り着くと、カステル・グランデに勝る景色が待っていました。ここからのほうが、3つ目の城であるコルバーロ城が良く見えます。それに、先ほどのカステル・グランデの全貌とベッリンツォーナの旧市街を眺めることが出来るのです。ここからの眺めは世界遺産の眺めです。
25072010_12_ベッリンツォーナ街並2_001002 25072010_13_モンテベッロ城_006 25072010_13_モンテベッロ城_016
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230メートルの高さにある3つ目のお城コルバーロ城はパスしました。2つのお城を見ればもう疲労度も十分です。ベッリンツォーナの旧市街に戻り、一休みして駅に戻りました。帰りの列車の車窓からはルガーノ湖が楽しめます。ルガーノ湖もミラノから近いのですが、ほとんどがスイス領ですので、なかなか足がそちらに向きません。
25072010_13_モンテベッロ城_065 25072010_14_モンテベッロ城下りと城壁_003 25072010_17_ルガーノ湖_001

ミラノ中央駅からベッリンツォーナまでは、2時間間隔で出ているユーロシティのチューリッヒ行き国際列車に乗ります。所要時間1時間25分で料金は24ユーロです。国際列車ですが、チケットの購入はイタリア国内と全く同じです。もちろん、イタリアで帰りのチケットまで買うことが出来ますから、いつものように往復を買っておきました。但し、国内と違ってインターネットのチケットレス・サーヴィスは適用されませんので、インターネットで予約購入しても、当日に駅でチケットを受け取らなくてはいけません。
スイスは外国ですから、パスポートは検査がなくても必ず携帯する必要があります。国境を越えると車内で一応パスポート検査があり、荷物の多い人にはパスポートの提示を要求していました。
ベッリンツォーナでのお金は、ユーロでもスイス・フランでも、どちらも使うことが出来ますので、スイス・フランに両替する必要もありません。従って、全く国内旅行と同じ感覚で旅行を楽しめます。

ミラノ中央駅からチューリッヒまで行くと所要時間は3時間45分(102.2ユーロ)だそうです。2010年の秋には新しいトンネルが出来るので、もっと短い時間で行けるはずです。そうなると、チューリッヒもミラノからの日帰り旅行範囲内に入ってくるかもしれません。
2010-12-23(Thu)

パドヴァ

パドヴァもいつか行くつもりでいたのですが、行きたいところが多かったのですっかり忘れていました。簡単に行けるところなので後回しにしていたのが原因です。しかし、この街は後回しにするようなところではなかったのです。この街で世界遺産に登録されているのはオルト・ボタニコと呼ばれる世界で一番古い植物園だけなのですが、それ以外にも見所がいっぱいありました。その理由は、パドヴァがヴェネツィアに支配される前の14世紀まで統治していたカッラーラ家が数多くの芸術家を集めてこの街に文化の花を咲かせたことにあります。パドヴァの人達を未だにカッラレーゼと呼ぶのはこの影響が如何に大きかったかを証明しています。

朝の10時にパドヴァの駅に到着すると、直ぐにサンタントニオ聖堂に向かいました。というのも、サンタントニオ聖堂とオルト・ボタニコは午後1時から昼休みで閉まってしまうからです。それに加えて、午後3時からはスクロヴェーニ礼拝堂の入場予約をしていたので、植物園までをどうして午後1時までに見ておきたかったのです。
24072010_02_パドヴァ街並1_001 24072010_02_パドヴァ街並1_008 24072010_02_パドヴァ街並1_011

聖アントニオはパドヴァの聖人ですがリスボン生まれのポルトガル人です。聖フランチェスコを慕ってイタリアまで来た聖アントニオは生前に数々の奇跡を起こしたことで、今でも多くの人々が信仰しています。 従って、ポルトガルやブラジルでも国の聖人となっています。パドヴァにあるサンタントニオ聖堂は聖アントニオの総本山ですので、イタリアだけでなく、これらの海外からも巡礼で訪れる人が絶えません。巡礼者は年間500万人にも上ると言われています。1310年に一度は完成した聖堂は15世紀までに何度か改築されて、今や素晴らしく豪華な聖堂としてたくさんの巡礼者を迎えています。こういう聖堂は見ておかなければいけません。
24072010_03_サント広場_002 24072010_04_サンタントニオ聖堂外観_001 24072010_04_サンタントニオ聖堂外観_010
24072010_05_サンタントニオ聖堂内部_013 24072010_05_サンタントニオ聖堂内部_011 24072010_05_サンタントニオ聖堂内部_009

この総本山の聖堂に付属して、修道院、サンジョルジョ礼拝堂(入場料2.5ユーロ)及び信者会の礼拝堂があり、全部を見学することが出来ます。但し、内部はいずれも撮影禁止となっています(聖堂内は撮影禁止と知らずに撮影してしまいました)。絵葉書とお土産及び巡礼者のための聖具は修道院の回廊に大きな売店があり、たくさんの観光客と巡礼者が買い物をしていました。こういう光景は、日本にあるお寺の総本山と良く似ています。
24072010_07_サンジョルジョ礼拝堂_001 24072010_06_サンタントニオ聖堂回廊_022 24072010_06_サンタントニオ聖堂回廊_009

植物園に行く前に、もう1つの大きなサンタ・ジェスティーナ聖堂に立寄りました。ここは、モーツアルトがオルガンを弾いたと言われている教会です。聖堂は大きすぎて半分は使っていないようです。それでも、後陣の横奥に礼拝堂と廟があり、そこのフレスコ画は素晴らしいものでした。
24072010_09_サンタジュスティーナ聖堂_003 24072010_10_サンタジュスティーナ聖堂内部_004 24072010_10_サンタジュスティーナ聖堂内部_005

さて、パドヴァ唯一の世界遺産である植物園オルト・ボタニコです。この植物園はパドヴァ大学の研究機関として1545年に開園された世界最古の植物園です。この中で一番古い植物は建物で保護されている椰子の木で、1585年に植えられたそうです。その他にもいろいろな品種の植物があります。この時期、一番綺麗な花は蓮の花でした。
24072010_12_植物園オルト・ボタニコ風景_001 24072010_12_植物園オルト・ボタニコ風景_003 24072010_12_植物園オルト・ボタニコ風景_010
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午後1時の閉館まで植物鑑賞して、いよいよパドヴァの街歩きの開始です。午後3時までたっぷりと時間はあります。先ほどのサンタ・ジェスティーナ聖堂前には、楕円形をした大きな広場プラトー・デッラ・ヴァッレがあります。楕円形の広場の周囲には水路があり、その両岸には芸術家や偉人たちの真っ白な彫刻が並んでいるのです。水路の内側には緑の芝生が植えられていて子供たちが遊んでいます。この日は水路の外側に街頭市が並んでいて、たくさんの人々が買い物をしていました。この広場が楕円形なのは、ローマ時代の円形闘技場跡をそのまま広場にしたからです。
24072010_15_プラート・デッラ・ヴァッレ_017 24072010_15_プラート・デッラ・ヴァッレ_019 24072010_15_プラート・デッラ・ヴァッレ_004

プラトー・デッラ・ヴァッレから、ミラノと違って汚れていないトラムが走る大通りを越えると、街の中心部に繋がるメインストリートのローマ通りです。ここで腹ごしらえをしてエルベ広場、フルッタ広場とシニョーリ広場の3つの広場が連なる街の中心部に出ました。この3つの広場はマーケットでもあり白いテントの市が並んでいます。一番多いところは、ヴィチェンツァのロッジアに良く似たラジョーネ宮の1階とその周辺です。ラジョーネ宮1階の中にぎっしりと並んでいる店は、まるで東南アジアの市場のようです。1階がマーケットのラジョーネ宮ですが、2階は有料の観光名所です。入場料4ユーロで中に入ると、体育館のように広い講堂の壁には素晴らしいフレスコ画(ここのフレスコ画は宗教的な絵画ではありません)でびっしりと埋め尽くされています。多すぎて見切れないのですが、入場したときに貰ったカタログに載っているフレスコ画だけ見逃さないように見ました。広い講堂には、ぽつんと大きな木造の馬の彫刻だけが置いてあります。
24072010_16_パドヴァ街並3_006 24072010_17_ラジョーネ宮1階とセニョーリ広場_008 24072010_18_ラジョーネ宮と内部_002
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パドヴァのドゥオモもこの3つの広場の近くにあります。ドゥオモの横にある礼拝堂は有料(2.5ユーロ)ですが、入る価値があります。ここも素晴らしいフレスコ画で円筒形の内面が覆われています。
24072010_20_ドゥオモとドゥオモ広場_002 24072010_21_ドゥオモ洗礼堂と内部_002 24072010_21_ドゥオモ洗礼堂と内部_004

午後3時にスクロヴェーニ礼拝堂に行って、入場チケットを受け取り、午後4時の入場までは、同じチケットでカバーされている13世紀に建てられたエレミターニ教会の博物館を見学します。何故か、博物館の人達は非常に親切で、何度もスクロヴェーニ礼拝堂の位置と時間の確認をしてくれます。博物館の中で迷って遅れてしまう人が多いのでしょう。この教会とスクロヴェーニ礼拝堂は、ローマ時代のアレーナの内側にあります。従って、あちこちにアレーナのローマ遺跡が顔を出しています。
24072010_27_エレミターニ教会と博物館_003 24072010_27_エレミターニ教会と博物館_010 24072010_29_アレーナ市民公園_006

いよいよ、スクロヴェーニ礼拝堂に入りました。1回で25名限定ですが、その日の予約でも問題なく入れるようです。でも、インターネットで簡単に予約できますので、パドヴァに来たことが無駄にならないように事前予約したほうが良いと思います。スクロヴェーニ礼拝堂の中は、もちろん撮影禁止ですので、絵葉書を買いました。ここも、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と同じジョットのフレスコ画です。青を基調とした綺麗な色が印象的でした。入場制限するだけのことはあります。見事なフレスコ画でした。
24072010_28_スクロヴェーニ礼拝堂_005 24072010_28_スクロヴェーニ礼拝堂_009 24072010_28_スクロヴェーニ礼拝堂_010

ミラノからパドヴァまでは、朝は30分間隔、10時以降も1時間間隔で出ているヴェネツィア方面行きのユーロスターが便利です。所要時間は2時間強で料金は28ユーロです。ミラノへの戻りも夜の8時過ぎまで1時間間隔でユーロスターがありますから好きな時間に乗って帰るだけです。あまり、乗り物に気を使わずに行くことが出来るところです。
2010-12-14(Tue)

アッシジ

ルッカからフィレンツェ経由でアッシジまで行きました。ルッカまでの2時間遅れがそのまま残り、アッシジには午後7時前に着く予定だったのが9時前になってしまいました。アッシジの駅前からバスで、山の中腹にある城壁に囲まれた街アッシジの入口に着くと、夏の長い陽も落ちてしまい、誰も歩いていない薄暗い城壁内の中世の石畳の道を一人で歩き始めました。途中のカフェで夕食を取ったので、ホテルについた時間は既に真っ暗でした。ここは山の斜面に築かれた城壁に囲まれた街です。その城壁の内側は完全に中世の街並になっていて、それも、暗くて誰も通らない細い石畳の道ですから、完全にタイムスリップして、ロミオがジュリエットに会いに行くような気分になってしまいます。
アッシジは、聖フランチェスコの街です。聖フランチェスコ(英語ではサンフランシスコです)と言っても日本人にはピンと来ませんが、イタリアでは最大の人気を誇る聖人です。イタリア国の聖人は2人いて、第1聖人は、シエナの聖カテリーナで、第2聖人がアッシジの聖フランチェスコです。従って、シエナとアッシジ、この2つの世界遺産は、イタリア人にとっても特別な街なのかもしれません。

ホテルでぐっすりと眠り、体もカメラも十分に充電された状態で、朝の6時前に目が覚めてしまいました。窓から外を見るとこの日も快晴です。ホテルの朝食は8時からなので、その前に、まだ誰もいないであろう街を散策しました。アッシジの一番高いところに城砦(ロッカ・マッジョーレ)があり、ホテルは城砦から続く城壁に沿ったところにあります。ホテルの直ぐ横にある城門を抜けて城壁の外に出ると、朝日に輝く金色のロッカ・マッジョーレと周りの山々が目の前に広がり、もう、口では言い表せない景色なのです。早起きは3文の得と言いますが、この景色はその何百倍も得をした気分にさせてくれます。
18072010_AS03_アッシジ城外景色_002 18072010_AS03_アッシジ城外景色_005 18072010_AS03_アッシジ城外景色_007

城壁に戻りアッシジの街に入っても、先ほどの景色による気持ちの高ぶりは修まりません。人がほとんどいない静かな朝は、花で飾られてとても綺麗な中世の街並を一層際立たせています。ホテル近くにあるローマ時代の円形闘技場跡外周の楕円形の石畳の道で、お年寄りのご婦人が箒で掃除をしていました。やはり、イタリアでも早起きするのも、街を綺麗にするのも老人なのですね。
18072010_AS02_アッシジのホテル周辺_004 18072010_AS02_アッシジのホテル周辺_005 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_001
18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_004 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_010 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_011

その先にはアッシジのドゥオモ(サン・ルフィーノ聖堂)が見えています。ドゥオモといってもアッシジでは第3の聖堂なのです。12世紀に建てられたこの教会は、聖フランチェスコと聖キアーラの洗礼を行ったところです。教会の床の一部がガラス張りになっていて、ローマ時代のバシリカの遺跡を見ることが出来ます。
18072010_AS06_アッシジドゥオモ周辺街並_001 18072010_AS07_アッシジドゥオモ_001 18072010_AS07_アッシジドゥオモ_010
18072010_AS07_アッシジドゥオモ_012 18072010_AS08_ドゥオモからキアーラ街並_001 18072010_AS08_ドゥオモからキアーラ街並_002

続いて、13世紀中旬に建てられたアッシジ第2のサンタ・キアーラ聖堂があります。キアーラは若く美しい女性だったそうで、聖フランチェスコを師と仰ぎ、クララ修道院の祖となった人です。クララはキアーラのドイツ語読みですが、クララよりもイタリア語のキアーラのほうが若くて美しい女性を想像できます。聖堂前の広場からの景色も朝日が当たって輝いていました。聖堂の中のクリプトには聖キアーラの亡骸が納められています。この時間、ここにいるのは一人だけなので、聖キアーラが今にも起きて話しかけるのではないかと思ってしまいます。でも、クリプトにある礼拝堂では、既に朝のミサが始まっていました。
18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_001 18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_007 18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_011
18072010_AS09_サンタ・キアーラ教会からの景色_003 18072010_AS09_サンタ・キアーラ教会からの景色_004 18072010_AS11_サンタ・キアーラからコミューネ広場_001

街の中心部のコミューネ広場には、紀元前1世紀に建てられたミネルヴァ神殿があります。16世紀に改修されて、現在はサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会となっています。正面のコリント式の列柱と屋根は紀元前のままです。外観は、青空に伸びている中世の鐘楼と紀元前の建物がマッチしていて、とても素晴らしいのですが、内部はバロック様式の豪華な造りになっていて、ちょっとがっかりです。
18072010_AS12_コミューネ広場_005 18072010_AS13_ミネルヴァ神殿_001 18072010_AS13_ミネルヴァ神殿_003

朝の散策の最後は、この街で一番高いところにある13世紀に再建されたと言われているロッカ・マッジョーレです。街中のどこからでも朝日を浴びて黄金色に輝いていた城砦が良く見えていて、そこに行かずにはいられなかったのです。街の裏手にある花で飾られた細い路地の階段を登ること5分くらいで朝日に輝くお城が目の前に現れました。朝が早いので、入場料2ユーロのお城の門はまだ閉ざされています。しかし、お城の前の広場から、眼下にあるアッシジの街が朝日を浴びて素晴らしく輝いているのが見えます。この光景は、朝のこの時間しか見られないと考えると、何故か感動してしまいました。朝8時の朝食の時間までこの光景をたっぷりと味わいました。
18072010_AS15_ロッカと景色_002 18072010_AS15_ロッカと景色_006 18072010_AS15_ロッカと景色_003
18072010_AS15_ロッカと景色_017 18072010_AS15_ロッカと景色_015 18072010_AS15_ロッカと景色_022

ホテルに戻って朝食を取りチェックアウト後、もう一度街に出て、朝の散策では見ることの出来なかった、ドゥオモとサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の内部を見ながら、サン・フランチェスコ大聖堂に向かいました。コミューネ広場から大聖堂に向かう石畳の道は、景色も良くウンブリア州の丘陵地帯を見渡すことが出来ます。また、このあたりも古い建物が続きますので、自然とゆっくりした散策となってしまいます。
18072010_AS17_アッシジ街並と景色_008 18072010_AS17_アッシジ街並と景色_015 18072010_AS17_アッシジ街並と景色_022

それでも20分も歩くと、雲ひとつない青空を背景に真っ白なアッシジ第1の大聖堂が見えてきました。やはり、この街は聖フランチェスコの街だったことを再認識した瞬間です。街の外れにあるこの大聖堂は、この街を見守っているような威厳があります。13世紀初頭に建てられたこの大聖堂は、地震によって崩壊したのですが、僅か2年で再建されたそうです。それも、内部のフレスコ画まで元通りに直したのですから、やはり、聖フランチェスコの奇跡かもしれません。この街では、聖フランチェスコは、キリストやマリア様以上の存在なのでしょう。さすがに聖フランチェスコの聖地です。大聖堂の周りには、どこからともなく大勢の観光客と巡礼者が湧いてきていました。
18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_003 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_006 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_007

有名なジョットとその弟子が描いた聖フランチェスコの生涯を表現したフレスコ画は、この大聖堂の1階の壁面いっぱいに描かれています。ここに、有名な「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」のフレスコ画もあります。但し、撮影禁止なので写真は取れません。代わりに絵葉書を購入しました。
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大聖堂は、地下にも大きな礼拝堂があります。1階は、どちらかというとジョットのフレスコ画美術館で、地下の礼拝堂を日常のミサに使っているようです。地下の礼拝堂には大聖堂の脇の階段を降りたところにある入口から入ります。地下の礼拝堂のクリプトには聖フランチェスコのお墓があり、そこには観光客と巡礼者が列を作っています。朝早くに行った誰もいなかった聖キアーラのお墓とはだいぶ違います。残念ながら、ここも撮影禁止なので絵葉書を買ってきました。
18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_002 18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_003 190720103173S.jpg

聖フランチェスコ大聖堂を出て、昨晩、バスが着いたところに向かう道は、もう観光客でいっぱいです。土産物屋もジェラート屋も大繁盛です。バス停のある城門の直ぐ傍には、サン・ピエトロ教会があります。ここも立派な教会なのですが、サン・フランチェスコ大聖堂の影に隠れて、ひっそりとしていました。何度も、大聖堂とアッシジの街を振返りながら、バスに乗ってアッシジの街を後にしました。
18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_006 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_009 18072010_AS21_サン・ピエトロ聖堂と広場_002
18072010_AS20_サン・フランチェスコ大聖堂周辺街並_001 18072010_AS22_アッシジの城外からの景色_002 18072010_AS22_アッシジの城外からの景色_005

アッシジの駅から山の中腹のアッシジの街が見えます。まるで、下界から聖域を眺めているようです。それほど、アッシジの街は美しく聖なる雰囲気に包まれていたような気がします。駅の直ぐ傍に、16,7世紀に建てられたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂があります。ここは1226年に聖フランチェスコが亡くなった場所だそうです。駅のホームからクーポラと鐘楼が見えていました。
18072010_AS23_丘の下からアッシジの街風景_003 18072010_AS24_アッシジ駅_002 18072010_AS24_アッシジ駅_005

ルッカからアッシジまで行くには、フィレンツェで乗換えます。ルッカからフィレンツェまでは午後なら1時間間に1,2本ある普通列車で1時間20~40分です。フィレンツェからアッシジまでは2時間間隔の普通列車で2時間30~40分です。料金は、通しで14.95ユーロでした。
アッシジの鉄道駅からアッシジの街までは、駅前からバスに乗ります。バスは平日でも日曜日でも30分間隔であります。所要時間は10分足らずで料金も片道1ユーロと良心的です。但し、チケットを車内で購入する場合は1.5ユーロとなってしまいます。今回はアッシジ駅についた時間が遅かったので、駅のタバッキが閉まっていてチケットは車内で購入しました。アッシジの街から乗る時は、チケットはバス停近くのタバッキで購入できます。
アッシジからフィレンツェ方面の列車は2時間間隔ですから、バスに乗るときは列車の時間に合わせて乗らないと駅で待つ時間が長くなってしまいます。アッシジからフィレンツェまでの普通列車の料金は11.65ユーロとなります。
2010-12-08(Wed)

アクイレイア

トリエステからヴェネツィア・メストレへの普通列車はアドリア海からちょっと離れた内陸部を走ります。列車の通る内陸部とアドリア海の間の平地にアクイレイアのローマ遺跡があります。チェルヴィニャーノ・デル・フリウリという名の田舎駅で降り、そこからバスに乗り15分ほどで、ほとんど建物がないような畑ばかりの田舎にアクイレイアのローマ遺跡があるのです。1998年に世界遺産に登録されていますから、まだ12年しか経っていないこともあり、観光施設としての整備が不十分です。でも、その分、田舎の人達は親切なので、気持ち良く観光できます。

チェルヴィニャーノ・デル・フリウリ駅に着くと直ぐに駅前にバスが現れたので飛び乗りました。しかし、チケットは車内で購入できず、運転手さんが街のバス・ターミナルまで乗せてくれてそこで往復チケットを購入しました。その間、乗客の人達は誰一人文句も言わずに待っていてくれたのには感激しました。やはり、どこの国でも田舎の人は親切です。最初に訪ねたところは大聖堂でしたが、日曜日のミサ中でしたので、先に遺跡を周ることにしました。この遺跡地帯のちょうど真ん中あたりにインフォメーションがあり、そこで、共通の英語音声ガイド(料金は忘れました)を借りて、指示された順路に従って遺跡巡りが始まります。結構広いエリアですので、ここで自転車を借りることも出来ます。インフォメーションの直ぐ近くにある遺跡がローマ時代のフォロの遺跡です。この遺跡は、アクイレイアの幹線道路の両側に広がっています。遺跡地域の中は、まだ、発掘中でもあり、入ることが出来ませんので、フェンス越しに見るしかありません。
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フォロの裏のほうに、ローマ時代の港の遺跡があります。アクイレイアから海まではまだ数キロほどありますが、ローマ時代には海からここまで幅48メートルの川が流れていたそうです。今は、川のルートが変わり僅かに小川が流れているだけです。この遺跡の横にある小川沿いに日陰の多い細い小道が続いていますので、散策気分で気持ちよく歩くことが出来ます。驚いたことに小道の脇には遺跡が転がっていて、それらは観光客のベンチとして使われています。要するに、ベンチにローマ時代の彫刻が彫られているのです。
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この日陰の多い気持ちの良い小道は大聖堂まで続いています。大聖堂に着くとミサも終わっていて、中に入ることが出来ました。この教会は4世紀に建てられていた聖堂の上にロマネスク様式の聖堂を11世紀に建てたのですが、13世紀の地震で壊れ、14世紀にゴシック様式で建て直していたとき、4世紀の教会の床のモザイクが発見されて、現在はその4世紀以来の床を使用しているのです。従って、床の位置が聖堂の柱の基礎よりも低いのです。そのモザイク床は、現在の聖堂よりも広く、聖堂の外に建てられている鐘楼の周りまでモザイクの床が広がっています。要するに、4世紀の聖堂のほうが11/14世紀の聖堂よりも大きかったことがわかります。そのモザイク模様は、シチリアのピアッツァ・アルメリーナにあるヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレとは比べ物にならないほど素晴らしいのです。それだけではありません。聖堂の後陣にはまだ4世紀の礼拝堂が残っていて、地下礼拝堂には一面にフレスコ画が描かれています。アクイレイアは、ローマ遺跡がなくても、この大聖堂だけでも世界遺産に登録される価値があると思います。
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この遺跡地域には、まだまだたくさんの遺跡があります。そのほとんどが発掘中で、管理もそれほど厳格でもないため、掘り出された遺跡の上を歩くことも出来ます。まだ、その全貌は明らかになっていないそうですが、アクイレイアは古代ローマ時代においで、ローマに次ぐ最大の都市であったと言われています。
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現在まで発掘した遺跡や遺物を展示しているのが国立考古学博物館です。2000点以上の遺物や彫刻が展示されていて、まだ整理されていない遺物は博物館の周りの庭にいっぱいあります。インフォメーションで借りた共通の音声ガイドはこの博物館まで使用できます。この博物館は撮影禁止ですが、入場券(6ユーロ)を購入すると入館したときにアクイレイアの遺跡や展示されている遺物を納めたDVDがもれなく貰えます。数の多い展示物もなかなか印象的でした。
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アクイレイアの大聖堂とローマ遺跡は見る価値があります。特に大聖堂は必見です。また、この地域に古キリスト教の博物館もあります。但し、この地域には、カフェやレストランは少なく、ゆっくり出来るところが余りありません。宿泊設備も小さなホテルが2,3件あるだけですので、たくさんの観光客を受け入れる準備は出来ていません。ジェラートや冷たい飲み物を購入できる店は数件ありましたが、まだまだ、ここは畑に囲まれた田舎なのです。チェルヴィニャーノ・デル・フリウリからバスに乗ってアクイレイアに来る人も多くはないようです。しかし、自転車を借りて遺跡地域をサイクリングしている子供連れの観光客を何組か見ましたので、多分、アクイレイアをアドリア海方面に行ったラグーン地帯にあるグラートという有名なリゾート地がありますので、そこでリゾートを楽しんでいる家族が観光バスや車でアクイレイアまで観光に来ていたのでしょう。でも、これだけの観光資源があるのですから、近いうちに、大きく変わるのではないかと思います。
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チェルヴィニャーノ・デル・フリウリ駅からはグラート行きのSAFバスが1時間に2本あり、12~15分ほどでアクイレイアに到着します。アクイレイアには停留所が2つあり、どちらで降りても大丈夫です。インフォメーションは2つの停留所の真ん中です。チェルヴィニャーノ・デル・フリウリ駅への戻りはウディーネ行きのバスに乗ることになります。このアクイレイアの道路にはこの路線バスしか走っていませんから、路線バスが来たら乗ればチェルヴィニャーノ・デル・フリウリ駅まで連れて行ってくれます。チケットはチェルヴィニャーノ・デル・フリウリ駅の売店でも買えるはずです。もし、買えない場合は、運転手さんにお願いすればバス・ターミナルまで連れて行ってくれます。料金は片道1.25ユーロですので、来る時に往復分を買っておきましょう。
トリエステからチェルヴィニャーノまでは1時間に1本普通列車があり、35分ほどで料金は3.85ユーロです。チェルヴィニャーノからヴェネツィア・メストレまでも普通列車が1時間に1本あり、所要時間は1時間20分で料金は6.15ユーロです。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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