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2010-10-28(Thu)

オペーラ、ミラソーレ修道院

また、ミラノに戻ってきました。ミラノの南部のロンバルディア平野の中には3つの名の知れた修道院があります。先に紹介したキアラヴァッレ修道院、ヴィボルドーネ修道院と今回訪ねたミラソーレ修道院です。ミラノの南東10キロにあるオペーラという名の街の北のはずれの穀倉地帯にあります。ここには、ロンバルディア州最大規模の米、酪農農家があります。酪農主体のミラソーレ農場と米の生産主体のモンタルバーノ農場からなっていることから、ミラソーレ・モンタルバーノ農場と呼ばれています。
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ミラソーレ修道院は、ヴィボルドーネ修道院から100年遅れて、13世紀にウミリアーテによって建てられました。ウミリアーテが消滅した後、1582年にこの修道院は所有権をミラノ大学に移されています。その後、1797年にミラノのオスペダーレ・マッジョーレ(病院)に所有権が渡っています。実際に、修道院は16世紀から使われていなかったので、ほとんどが廃墟となっていましたが、1980年に、この修道院を15世紀の状態に戻すべく改修工事が始まりました。既に30年経っていますが、教会と一部の建物が終わっているだけで、まだ改修工事は続いています。オスペダーレ・マッジョーレの医療の歴史に関する古い図書は、既にここに移されていて、将来は、同じくオスペダーレ・マッジョーレの絵画のコレクションもここに移して一緒に管理されることになるそうです。
改修工事が終わって、現在公開されているのは修道院教会だけです。修道院の門を潜って中の敷地の北東の角に14世紀後半から15世紀前半に建てられた“聖母マリア被昇天”の修道院教会があります。単身廊の小さな教会で屋根は木造瓦葺です。横に聳える小さな鐘楼は13世紀に建てられたものが現存しています。内部の祭壇と礼拝堂には、建設当時に描かれたフレスコ画が残っています。
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修道院の中庭と回廊部分は、改修工事が進められていて中に入ることが出来ません。この回廊には、太陽・三日月の中に顔が描かれた彫刻があり、この模様が現在のミラノの紋章の原型だそうです。残念ながら、工事中に付き見ることは出来ませんでした。
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ミラノからバスで、高速道路の環状線の直ぐ内側まで来て、そこから歩いて、高速道路の下を潜って穀倉地帯に入ります。南北に入る高速道路の歩道橋を越え、畑の中にある一直線の並木道を歩いていくとミラソーレ修道院に突き当たります。ミラノは、この高速道路環状線の内側と外側では大違いで、外側は長閑な田園地帯が広がっているのです。並木道ではジョッギングや散歩を楽しむ人が行き交っています。ここには、都会の喧騒はまるでありません。野鳥も人間を警戒することなく自由を満喫していました。
20092009_01_ミソラーレへの道_02礼拝堂 20092009_05_野鳥_02 20092009_02_ミソラーレ修道院_02

ミラソーレ修道院へは、ミラノのATMバス99番が便利です。99番のバスはヴィジェンティーノからリパモンティ通りをオペーラのノヴェラスカまで行っています。ミラソーレ修道院へはノヴェラスカから歩いて行きます。ヴィジェンティーノは地下鉄M3のコルヴェット駅から西に2キロほどのところですので、コルヴェット駅から95番のバスに乗ってリパモンティ通りに出て、そこで99番に乗り換えることになります。又は、ドゥオモから24番のトラムでヴィジェンティーノまで行って乗り換えることも出来ます。料金は、真直ぐに行けば1ユーロ75分の範囲内ですから、1ユーロで最後まで行くことが出来ます。
ノヴェラスカの停留所からは高速道路環状線方向(南)に歩いてください。高速道路の手前を左に曲がり、オペーラのゴルフコースの方向に行きますと、高速道路の下を潜る通路があります。通路を抜けると、急に田舎の田園風景が広がります。そこから高速度道路環状線に沿って西に進むと南北の高速道路があり、歩行者用の立体交差を通って高速道路を越えると1本の並木道があります。後は、その並木道を真直ぐ歩き、突き当りがミラソーレ修道院です。停留所から15分ほど歩けばミラソーレ修道院に着きます。
高速道路の先は自然がいっぱい残っている別世界です。ミラソーレ修道院までイタリアの穀倉地帯の田舎の雰囲気をたっぷり味わえる散策が出来ます。
2010-10-28(Thu)

チヴァーテ、サン・ピエトロ・アル・モンテ修道院

ミラノの北30キロ、コモ湖の“人”の字の右足の先にある街レッコの南西4キロにある人口4000人に満たない小さな街がチヴァーテです。南にはアンノーネ湖が広がり、北側はコモ湖との間にある険しい山々が迫っています。この山の中にひっそりと建っているのが、ベネディクト会のサン・ピエトロ・アル・モンテ修道院です。この修道院教会はロマネスク様式の教会内に残るフレスコ画と漆喰細工がみごとで、イタリアでも有数なロマネスク芸術と言われています。確かに、何冊かのロマネスク芸術の写真集に、この教会の壁に描かれた11世紀のフレスコ画が載っているのを見たことがあります。しかし、この修道院は標高663メートルの山頂に建っている上、そこに到達するまで細く険しい山道を徒歩で1時間以上も登って行かなくてはいけないのです。
伝説では、最後のロンバルディア王が772年に息子である王子の悪い目を奇跡的に癒した水に感謝して、ここに修道院を建てたと言われています。現実に、5~8世紀の建物跡がこの地域に見つかっているそうです。今に残る修道院の記録では、9世紀にスイスのサンクト・ガレン修道院(世界遺産)から修道長と35人の修道士がここに移って来たとあります。現存する建物は、この時代のものと言われています。また、1097年にミラノ司教が亡くなる前に数年をここで過ごしたことも記録に残っています。その後しばらく閉鎖されていましたが16世紀から再び修道士が入り現在に至っています。
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まだ現役の修道院ですから世俗から隔離しておかないといけないのでしょう。それにしても、ここに来たことを何度も後悔するほど厳しい登りの山道でした。途中で見える素晴らしい景色だけが、この修道院まで登ろうとする気持ちを維持させてくれます。途中で何人かの人と出会いましたが、登山靴を履いた本格的な登山の格好でした。
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何とか、普通の運動靴で標高663メートルにたどり着きましたが、ここがこの山の頂上ではなく登りの山道は更に続いています。しかし、修道院を取り囲む石垣を見たときには全身の力が抜けるほどほっとしてしまって、これ以上登るのは無理な状態でした。石垣のアーチ型の門を潜り抜けて修道院の敷地に入ると、直ぐに石造りの礼拝堂が目に入りました。続けて、深い緑の草原に建つ修道院教会、その後ろの高い山々、まさに、サウンド・オブ・ミュージックの世界です。無意識に“ついに登りきったぞ!”と言葉が飛び出し、満足感が体中に湧き上がり、石垣の上に腰を下ろして、この素晴らしい景観をしばらく眺めて疲れを癒しました。教会は10世紀前後の初期ロマネスク様式で石造りの壁に木造の瓦葺の屋根が乗っているシンプルなものですが、この山の中の草原に建つその姿は、見る人を感動させる力があります。建設機械のない昔の人が、良くこんな山の上に建てたものです。
19092009_08_サンピエトロ修道院・礼拝堂_01 19092009_09_サンピエトロ教会_01 19092009_10_教会からの風景_11
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修道院教会内のフレスコ画は2007年から保護のために特別な許可なしに見ることが出来ないとの情報がありましたが、許可の取り方もわからずにここまで来てしまい見ることが出来るのか不安だったのですが、修道院教会のドアは広く開かれていて、出入りは全く自由です。教会の中には、数人の修道士の方が忙しそうに働いていました。有名なフレスコ画、“悪魔(サタン)のドラゴンと戦う天使”及び“12使途と天上のエルサレム”は入口裏の壁と入口の天上部分に描かれていました。初期のロマネスク芸術ですが、その色(特に緑色)の鮮やかさには驚きます。漆喰細工も入口付近の明るいところにありました。写真撮影の許しももらって、問題なく撮影もさせてもらいました。いくら保護しているといっても、こんな山奥ですから、管理もそれほど厳しくないようです。フレスコ画もじっくり見ることが出来て、本当に、苦しい道のりをここまで登ってきた価値がありました。
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ミラノからチヴァーテまでは、ポルタ・ガリバルディから、1時間間隔のレッコ行き普通列車(Linea S)で約1時間、料金は4.2ユーロです。但し、チヴァーテの駅の位置があまり便利の良いところではないので、今回、この列車は使いませんでした。ミラノ中央駅から1時間間隔(朝9時台を除く)で出ているレッコ又はティラーノ行きの普通列車は、途中でモンツァに停まるだけなので40分でレッコに到着します。料金も3.6ユーロです。レッコ駅前からErba/Como行きのLinea C40のバス(ASFバス)に乗ると約20分でチヴァーテの街の中心部まで行ってくれます。料金は片道1.35ユーロで、平日は30分間隔、日曜祝日でも1~2時間に1本あります。バスはチヴァーテのイセッラ通りのバス停で降りてください。万が一、乗り越してしまった場合でも、次の停留所で降りれば問題ありません。但し、その停留所には帰りのレッコ行きのバスが停まりませんので注意してください。ミラノへの戻りは、ちょっと歩きますがチヴァーテ駅からでも、イセッラ通りのバス停からバスに乗ってレッコ経由でもどちらでも構いません。レッコは遊覧船の拠点です。コモに比べて派手さはありませんが、落ち着いた雰囲気の観光地です。
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チヴァーテの街からサン・ピエトロ・アル・モンテ修道院までは徒歩しかありません。チヴァーテの鉄道駅もバスの停留所もアンノーネ湖の一番低いところにあります。サン・ピエトロ・アル・モンテ修道院の標識に沿って山に向かって歩くと直ぐに上り坂になります。まずは、ボッツォ村を目指します。この村までは道路も舗装してあり、かなり急な登り道はつらいのですが、それほど問題はありません。ボッツォ村の入口から眼下のチヴァーテの街とアンノーネ湖はとても綺麗です。ボッツォ村は人口数十人の小さな村で、古い石の家が数件並んでいます。小さなつぶれそうなカフェが一つあるだけで、石の家と家畜以外には何もない村です。村を過ぎると道路は狭くなりますが、暫くは長閑な田舎の道になります。でも、大変になるのはここからです。サン・ピエトロ・アル・モンテ修道院の標識を頼りに先に進むと長閑な田舎道がだんだん険しい登りの山道になってきます。山道に入ってからサン・ピエトロ・アル・モンテ修道院までの道のりはかなりの距離で、しかも、途中に湧水が飲める程度の休憩所が2ヶ所あるだけです。深い樹木に覆われ、石を敷き詰めた細くて険しい山道が延々と続きます。ここからは体力と根性で登るしかありません。
2010-10-28(Thu)

クレスピ・ダッタ

ミラノに非常に近い上に、1995年に世界遺産に登録されているクレスピ・ダッタですが、なかなか訪ねる気持ちにならずに後回しにしていました。他のイタリアの世界遺産に比べるとかなり地味で、歴史的な興味も余り湧いてこなかったのがその理由です。しかし、とにかく近いこともあって、フルに1日を旅行に当てられない日に行くことにしました。

ミラノは少しだけ郊外に出ただけでも、直ぐに田舎の景色になってしまいます。アルプスから始まりベルガモを通ってミラノの東を流れるアッダ川畔は、ミラノ内の地下鉄駅からバスで20分ほどのところであるのですが、もう完全に片田舎です。アッダ川の両側は木々に囲まれ、澄んだアッダ川で渓流釣りを楽しんでいる人がいます。川沿いの木々に囲まれた薄暗い小道を気持ちよく散策していると、それほど古くはないお城が見えてきます。そこがクレスピ・ダッタの入り口です。
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クレスピとは、アッダ川のベルガモ側に建設した錦織物工場の工場主の名前です。先ほどのお城はこの工場主の館だったのです。クレスピは、19世紀末のこの地に工場を建設し、同時に工員とその家族のための“労働者の理想郷”を建設したのです。工場の階級によってその家の大きさと構造には各差がありますが、それでも、一番小さな家でさえ、一戸建住宅に庭と家庭菜園が付いています。それだけでなく、教会から墓地まで生活に必要な共有設備や福利厚生の設備まで取り揃えて、すべての工員が平等に利用できたのです。
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お城に住む工場主がこの村のすべてを統治し、すべての工員に生活保障のすべてを与えて、安心して工場で働ける環境を整えたのです。19世紀後半、日本では田舎から少女たちを連れてきて強制的に工場で働かせていた明治時代初期です。アメリカでは奴隷制度が真っ盛りで南北戦争の時代です。そんな時代に、ここまで考えた工場主がいたことは驚き以外に何もありません。イタリアの長い歴史の中で、イタリア人は、人間にとって何が一番大事なのかを学び、それが文化となって彼らのDNAに組み込まれているのかもしれません。即ち、衣食住と家族愛(と宗教)がその根本で、その次に来るのが芸術、趣味、ファッション、スポーツなのです。この世界遺産を見て、イタリア人を見直さざるを得なくなりました。工場は既に閉鎖されているようですが、この村の家々は、今でも住人がいます。彼らは、今の世の中をどう考えているのでしょうか。“昔は良かった”と思っているのかもしれません。この村のはずれにある丘の上に昇ると村全体を見渡せます。そこから小さくまとまった村を見ていると、普段は考えないようなことが頭の中を過ぎります。こんな世界遺産が一つはあっても良いのかもしれません。
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クレスピ・ダッタは、観光ボケしている頭の中に刺激を与えてくれました。やっぱり来てみないとわからないものですね。クレスピ・ダッタはミラノからアッダ川を渡った対岸にありますのでベルガモ県に属しますが、ベルガモよりもミラノからのほうが近いのです。ここに来るには、ミラノの地下鉄M2の終点であるジェッサーテ(Gessate)まで行きます。地下鉄M2は、このあたりでは地下鉄ではなく地上を走りますので、ジェッサーテ駅も地上にあります。ミラノからここまでは、U+1 1/2Zoneのミラノ郊外料金になりますので2.45ユーロです。また、所要時間はミラノ中央駅から40分です。この駅前からLinea Z310のバス(NETバス)に乗り、Trezzo s. Adda Via Biffi停留所で降ります。ここがこのバスの終点のようです。バスの所要時間は約20分で1 1/2Zoneの区間1.55ユーロとなります。但し、地下鉄とバスの通しチケットならミラノからU+3Zoneチケット(料金は3.15ユーロ)で良いはずです。このチケットは地下鉄の自動販売機(英語表示にしてInterurbane次のInclusiveを選ぶ)で買えますから、帰りの分まで2枚買っておきましょう。

Trezzoの停留所からクレスピ・ダッタの村までは歩いて20分ほどです。アッダ川沿いを南に歩き、歩行者専用の橋を渡って対岸に入ると直ぐに着きます。このあたりはまだ自然が残り、アッダ川の澄んだ水の流れを見ながら気持ち良く散策できるコースです。途中にはお金持ちが所有している古いヴィラや教会もありますので、ちょっと寄り道しても良いでしょう。イタリアの田舎が好きな人にはうってつけです。
途中のヴィラもクレスピ・ダッタの村の中も、今でも住人がいますので、観光するときは迷惑にならないように気をつける必要があります。観光客はそれほど多くはありませんでしたが、皆、静かに観光していました。学生も多く、片手に参考資料を持ってノートをとりながら歩いています。他の世界遺産の観光地とはかなり趣が異なります。
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2010-10-27(Wed)

トリノ

トリノはピエモンテ州の州都で、街には地下鉄もトラムも走り、市街地圏だけでも170万人が住んでいる超大都会です。ポー川の畔にあるローマ時代からの古い街は、13世紀にフランス出身のサヴォイア家の支配となり、19世紀にはイタリア統一を果たしたサヴォイア家によりイタリア王国の首都になりました。トリノがサヴォイア家のもとで目覚しい発展を遂げたのは17,8世紀で、この時期に建てられたフランス風のバロック・ロココ様式宮殿群が1997年に世界遺産に登録されました。この成熟した落着きのある大きな街は、イタリアの中でもお気に入りの街のひとつで、近いこともあり3度も訪ねてしまいました。
トリノはチョコレートをはじめとするスウィーツも有名で、女性に人気のある街(ここに来る女性の観光客は、駅でチョコパスを購入してカフェやチョコレート屋巡りをしています)でもあります。また、今や、フィアット王国の火は消えてしまいましたが、その代わりに、トリノを州都とするピエモンテ州はスローフード発祥の地でもあり、ピエモンテ牛に代表される美味しい食べ物と美味しいピエモンテのワインがここにはあります。特に、秋に食べられる高価な白トリフは、一度は食べてみたい食べ物です。日本にもあるスローフードの店、イータリーの本店もここトリノ(国鉄駅をバスで南に行きます)にあります。
この成熟した雰囲気の街は、未だに進化を遂げているのです。
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トリノのイタリア国鉄駅であるポルタ・ヌオーヴォ駅は、旧市街の南端にあります。駅前からメインストリートを真直ぐ北に5分も歩くと、最初の広場、サン・カルロ広場の中に繋がります。大都会にふさわしい大きな長方形の広場の周りにはポルチコのある大きな宮殿のような建物に囲まれています。更に北に進むともっと大きな宮殿が見えます。ここがトリノ観光の中心であるカステッロ広場です。トリノで最も存在感のある王宮とマダマ宮殿(マダマとはマダムの意味)がここにあります。マダマ宮殿はローマ時代からある建物を徐々に拡張した宮殿で、正面入り口付近には古い時代の建物の遺跡が保存されています。王宮もマダマ宮殿も博物館となっていて、宮殿内も観光客に公開されています。但し、王宮は、ガイド付き(イタリア語)の見学となっていて、入場時間が決められています。
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王宮の中からドゥオモ広場に抜けるアーチ型の通路があります。通路を抜けると、王宮の直ぐ西の脇にローマ劇場の遺跡があり、南側に聖骸布で有名なトリノのドゥオモがあります。その先のローマ遺跡の公園から小さな石畳の路地が続く旧市街となっています。この先にあるLa Consolata教会近くのカフェ・アル・ビチェリンで、ホットチョコレートにコーヒーとミルクを入れて泡立てた「ビチェリン」が飲めます(チョコパスに含まれています)。「ビチェリン」を飲んで体があったまったら、そこから南にあるトリネーゼお気に入り歩行者天国の大きな繁華街、ガリバルディ通りを通ってカステッロ広場に戻りましょう。
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カステッロ広場の南には、カリニャーノ宮殿やエジプト博物館となっている科学アカデミー宮殿があります。トリノのエジプト博物館は、大英博物館に次ぐコレクションがあるそうです。何故、トリノに?との疑問もありますが、必見です。この近辺は、観光客が多く、観光客のための繁華街と言えるのではないかと思います。
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トリノには、まだまだ見所がいっぱいあります。街のあちこちにある数々の教会、映画博物館のあるモーリ・アントネッリアーナ、ポー川沿いのモンテ・ディ・カップチーニ、及び、ポー川の街側にあるヴァレンティーノ公園はトリネーゼの憩いの場です。トリノの街から少し足を伸ばすと、ヴェルサイユ宮殿の手本になったといわれるヴェナリア城や、狩の館として造られたストゥピニージ宮殿(閉鎖中でした)があります。
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トリノでの食事は、やはりスローフードです。秋にトリノを訪れたら白トリフに挑戦しましょう。スローフード協会認定のレストランに行くと白トリフにありつけます。こちらでも超高級なのですが、それでも日本の値段の1/3ほどで食べられます。目玉焼きにいっぱいのスライスされた白トリフがかかっているだけの単純な料理がお勧めです。料金は40ユーロでした。イータリーの本店のフードコートでも20ユーロほどで食べられるのですが、席は満員でした。もちろん、ピエモンテ牛と美味しいワインもお勧めです。
トリノは、ミラノから2時間と行き易いのですが、見所が多くてとても日帰りでは全てをカバーできません。実際に、3回(そのうち1回は1泊しています)も行ったのですが、まだ、全部見切れていません。トリノ周辺を含めて1週間くらいかけてじっくりと味わいたい街です。そう言えば、ポルタ・ヌオーヴォ駅や街のインフォメーションには、トリノ・パスの1週間券も売っていました。

ミラノからトリノへは1時間間隔でトリノ行きの普通列車が走っています。所要時間は2時間で料金は9.2ユーロです。ミラノへの戻りも同じです。トリノからの最終列車は夜の10時50分ですから、好きな時間に行って好きな時間に帰って来ることが出来ます。普通列車のほかに所要時間1時間のユーロスターも朝と夕方に数本ありますが、料金は31ユーロとなります。
2010-10-27(Wed)

ベルガモ

ミラノから北東に45キロ、ミラノとブレーシアの中間を北に行ったところに位置し、スイスから続く山々が終わりロンバルディア平野の始まるところにあります。ロンバルディア州ベルガモ県の県庁所在地で人口12万人の大きな街です。旧市街(Città Alta)と新市街(Città Bassa)に分かれていて、ベルガモ駅は新市街、観光名所の集中している中世の城壁に囲まれた丘の上が旧市街です。駅前からバスとケーブルカーを使って旧市街に行くことが出来ますが、もちろん、歩いても行くことが出来ますが、結構距離がある上(2キロ弱)、結構な上り坂ですので、大変です。
まず、ベルガモ駅から旧市街を目指します。1.05ユーロのチケットを購入して駅前からバスに乗り、旧市街に上るケーブルカー(登りは混んでいます)を使わずにそのまま乗っていると、丘の上の旧市街外れのサン・ヴィジリオの丘に登るケーブルカーの駅近くまで連れて行ってくれます。ここから、旧市街の中心部にあるヴェッキオ広場とその隣のドゥオモ広場へは、城門を通り抜け、お店の並んでいるコッレオーニ通りを真直ぐに歩いて5分弱です。このコッレオーニ通りと、ヴェッキオ広場の先から新市街に降りるケーブルカーの駅までのゴムビット通りが旧市街のメインストリートです。観光客が溢れていて賑やかな通りで、両側にたくさんのカフェ、レストラン、ケーキ屋、土産物屋などが並んでいます。でも、まだ店には寄らずに、まずは、ヴェッキオ広場に向かいます。
06092009_02_ベルガモ・アルタ景色_02 06092009_03_ベルガモ・アルタ街並_02 06092009_04_コッレオーニ通り_02

ヴェッキオ広場とその奥のドゥオモ広場には歴史的な建物が固まっていますが、その中でもルネッサンス様式のサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂とその礼拝堂であるコッレオーニ礼拝堂は必見です。コッレオーニ礼拝堂は、さすがに、ロンバルディア・ルネッサンス建築の傑作と言われているだけあって、目を奪われる素晴らしさです。但し、礼拝堂の内部は撮影禁止です(知らずに1枚写真を撮ったら直ぐに注意されました)。
06092009_05_ヴェッキオ広場_08 06092009_06_サンタマリア・マッジョーレ教会_01 06092009_06_サンタマリア・マッジョーレ教会_13
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ベルガモ観光の目玉であるコッレオーニ礼拝堂観光の後は、先ほどバスを降りたところまで戻って、サン・ヴィジリオの丘に登りましょう。ケーブルカーの駅は旧市街の城門を出たところにあります。料金はバスと共通で、1.05ユーロで最初に乗った時間から75分間有効ですから、有効に利用してください。ケーブルカーで上がった丘の上には、もうひとつの城壁がありその周りが公園になっているのですが、城塔のひとつの中に入るとそこに階段があり、そこを昇ると城壁の上の公園に出ることが出来ます。この公園からは360度のパノラマを楽しむことが出来ます。北にアルプスの山々、南側の直ぐ下にベルガモ旧市街の街並、その先には新市街、その先にはロンバルディア平野が地平線まで続いています。教会を見飽きた人もこのパノラマを見ればベルガモに来て良かったと感じるはずです。
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これで、ベルガモ観光は一休みをして、旧市街に戻ったらベルガモのメインストリートを楽しみましょう。この通りの店にはセンスの良い品が多くて、他の観光地とは一味違う興味深いものを発見できます。もちろん、ベルガモは食べ物のセンスも良く、昼食とデザートは違う店に入る人が多いようです。このメインストリートを歩いて、新市街に降りるケーブルカーの駅まで抜けることが、一番時間のかかることかもしれません。
06092009_10_ベルガモ・アルタ街並_05 06092009_13_ゴムビット通り_01 06092009_09_ドゥオモ広場_02

今度は、新市街までケーブルカーを利用しましょう。もちろん、歩いて降りてもたいしたことはありませんが、下りは比較的に空いています。新市街は19世紀の都市計画によって造られていますので、建物も18,9世紀の教会や宮殿が多くなります。ですから、新市街といっても十分に歴史を感じます。ケーブルカーの駅からベルガモ駅の間の大きな通りが新市街のメインストリートで、旧市街とは趣がずいぶん違います。後ろを振り返ると、丘の上の城壁に囲まれた旧市街が浮かび上がって見えます。ここは、がんばって歩きましょう。
06092009_14_ベルガモ・バッサ_04 06092009_14_ベルガモ・バッサ_09 08052010_B01_ベルガモお祭り_010

ベルガモへは、ポルタ・ガリバルディとミラノ中央駅の両方からイタリア国鉄が利用できます。ポルタ・ガリバルディからの列車は山や谷の中を通りますので車窓からの景色が綺麗です。所要時間は1時間で料金は3.6ユーロです。ミラノ中央駅からの列車は、ロンバルディア平野を通って進みます。こちらも所要時間は1時間ですが、料金は4.2ユーロとなっています。こちらの列車のほうが遠回りなので料金が高くなっているのです。両方とも例外を除き1時間間隔で出ています。ベルガモからの帰りも、ミラノ中央駅行きとポルタ・ガリバルディ行きが交互に出ています。行きと帰りの列車を変えて、違う車窓を楽しむのも良いかもしれません。どちらにしても、1時間に2本の列車がありますから、帰りの時間を気にせずに観光しても問題はありません。
2010-10-17(Sun)

オルタ・サンジュリオ

オルタ・サンジュリオは、ピエモンテ州のノヴァーラ県に属したオルタ湖畔の街です。ここは北イタリアで最高の観光地であると自信を持って誰にでも推薦できます。初めてここに行ったときはサクロ・モンテ訪問を目的としたのですが、そのときにオルタ・サンジュリオの街、オルタ湖とそこに浮かぶサンジュリオ島の美しさに感動して、数ヵ月後に1泊旅行を計画して再び行ってしまいました。サクロ・モンテは世界遺産に登録されていますが、オルタ・サンジュリオの街はその中に入っていません。しかし、イタリアの「最も美しい村」に選定されています。「最も美しい村」運動はフランスが発祥の地ですが、今や、イタリア、ベルギー、日本にも広がっています。イタリアの「最も美しい村」に関しては、このオルタ・サンジュリオを手始めに、次々と訪れることになってしまいました。
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オルタ・サンジュリオはオルタ湖畔の中心の街ですが、人口1100人ほどで街というよりは村と呼ぶべきでしょう。観光資源としては、オルタ湖、そこに浮かぶサンジュリオ島、サクロ・モンテ及びオルタ・サンジュリオの可愛い街並と言葉では簡単に言えるのですが、オルタ・サンジュリオの本当の良さは言葉で簡単に説明できるものではありません。ぜひ、一度訪ねてください。実際に、何を紹介すれば良いのか迷ってしまうのですが、まずここに来て一番感動したのは、サクロ・モンテの1番礼拝堂の前にある見晴台からオルタ湖に浮かぶサンジュリオ島を見たときです。その景色は今でも脳裏に残っています。これほど美しい景色は、少なくともイタリアに来てからは見ていません。余りの美しさにその場を離れることが出来ないくらいでした。この景色を見るだけでここに来た価値があります。
05092009_07_サクロモンテからサンジュリオ島_01 05092009_09_洗礼塔_04 05092009_15_オルタ・サンジュリオの街_01

オルタ・サンジュリオの紹介が1番礼拝堂から入ってしまいましたので、続けてサクロ・モンテを紹介します。ここのサクロ・モンテは、イタリアの第2守護聖人である聖フランチェスコの生涯を描いたものです。従って、キリストや聖母マリアの物語を描いている他のサクロ・モンテとは趣が違っています。20の礼拝堂とその中のテラコッタ、フレスコ画の保存状態は良好で、小さな木陰の多い公園の中に配置されています。オルタ・サンジュリオの街から歩いて15分くらいの標高400メートルの丘の上にあります。
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サクロ・モンテの丘から街に向かう小道からもオルタ湖に浮かぶ本当に美しいサンジュリオ島が良く見えます。この丘の湖側の斜面には綺麗なヴィラがいくつも建っていますが、本当のうらやましい限りです。サクロ・モンテからの小道は街の中心にあるマリオ・モッタ広場まで降りてきます。この広場は美しいサンジュリオ島を正面にして、ホテルとカフェや土産物屋で囲まれていて、広場の中にぽつんと建っているフレスコ画の描かれている昔の市庁舎がこの広場のアクセントになっています。この広場のカフェに座って正面のサンジュリオ島を眺めると完全に時間が止まってしまいます。
05092009_12_サクロモンテからのサンジュリオ島_01 05092009_16_オルタ・サンジュリオの中央広場_04 05092009_16_オルタ・サンジュリオの中央広場_01

サンジュリオ島へは、マリオ・モッタ広場から遊覧船が頻繁に出ています。定期便は往復2.5ユーロですが、往復4ユーロの小さなボートなら4,5人の客が集まれば直ぐにボートを出してくれます。5分で一番古いサン・ジュリオ教会横の波止場に到着です。サン・ジュリオ教会は4世紀後半にローマ帝国によるキリスト教への弾圧を逃れてこの島に建てられました。現存する建物は12世紀に建て直された窓の少ないロマネスク様式の趣のある教会です。しかし、一歩中に入ると豪華なバロック調の装飾が施されています。湖の真ん中に良くこんな教会を建てたものです。この島の真ん中には女子修道院があり、そこで石鹸やレースの刺繍を作っていて、島にひとつだけある店で販売していました。でも、マリオ・モッタ広場の土産物屋でも同じものを売っています。サンジュリオ島は歩いて廻っても5分もあれば十分なほどの大きさです。車のないこの島では中世の面影が漂っています。
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島から戻ったら、オルタ・サンジュリオの街も歩いてください。本当にきれいで可愛い街です。たくさんのレストラン・カフェ・土産物屋があり、たくさんの観光客がいるのですが、走っている人も大声で話をしている人はいません。この村には独特の雰囲気があるのです。1泊して、朝の街を歩いたときの観光客がいない街の静けさは忘れられません。また、朝日にあたって金色に輝くサンジュリオ島の美しさは言葉では表現できません。
05092009_17_オルタ・サンジュリオの街並_04 05092009_15_オルタ・サンジュリオの街_03 25102009_01_オルタ_39

最後に、オルタ湖の水のお話です。20世紀後半、オルタ湖は付近の工場からの公害で水質汚染がひどく湖のほとんどの生物が死に絶えてしまったそうです。汚染は更に広がり下流にあるマッジョーレ湖に流れ込む恐れが出てきて深刻な問題となり、規制をするとともに水質改善を開始しました。水の浄化と酸性水の中和等、多大な努力の結果、2000年までに水質は改善され、湖に生物が戻ってきました。今でも浄化設備は常に動いていて澄んだ綺麗な水を維持しています。最悪の状態からここまで改善したのは、世界中でもここだけだと言われていて、イタリア人の誇りのひとつとなっています。こんな過去を持つオルタ湖は、環境保全の見本となり、未来永劫汚れることはないと思います。
05092009_18_オルタ・サンジュリオの湖畔_02 05092009_21_オルタ・サンジュリオの湖畔の道_02 25102009_01_オルタ_23

オルタ・サンジュリオへはイタリア国鉄のOrta Miasino駅から湖方向に歩いて20分ほどです。ちょっと距離がありますが、最後の10分以上は起伏のない湖畔のきれいな道ですから、美しい景色を眺めながら歩くとわけなく歩くことが出来ます。しかし、駅から5分くらい歩いたところにある宮殿のようなホテルのそばにインフォメーションがあり、そこから有料のミニ観光列車に乗ってもマリオ・モッタ広場まで運んでもらえます。
サクロ・モンテはこのインフォメーションとマリオ・モッタ広場の間にある高さ400メートルの丘の上にあります。インフォメーションの先にある登り口とマリオ・モッタ広場からの登り口の両方から行くことが出来ます。どちらからでも歩いて10分ほどの登りとなります。昇りは、他のサクロ・モンテよりは楽なので、比較的行き易いと感じました。

Orta Miasino駅までは、ノヴァーラ・ドモドッソーラ間を走るローカル列車で、ノヴァーラから約40分で到着します。列車は2時間に1本しかありませんので、この列車の時間をもとに計画を立ててください。但し、ノヴァーラから午前中に出る列車は、乗客が少ないためにイタリア国鉄のバスに振り替えられています。その場合でも、バスはノヴァーラの国鉄駅前から出て、Orta Miasino駅の横に停まりますので列車と同じですから列車と同じです。バスの所要時間も40分ほどで列車と変わりません。ノヴァーラ駅の電光掲示板にプラット・フォーム番号ではなくバスであることが書いてありますから、直ぐにわかります。駅前で待っていると、ドモドッソーラ行きと書いたバスが予定時刻に迎えに来ます。国鉄の切符を運転手に見せて乗ってください。そのときに、Orta Miasino駅に着いたら知らせてもらうことを忘れずにお願いしてください。
2010-10-17(Sun)

オッスッチョ(サクロ・モンテ)

変な名前ですが、ロンバルディア州コモ県にある人口が900人ほどの小さな村です。コモ湖の西岸のコロンノとレンノの間に位置していて、コモ湖にはコマチネ島が真正面に見えます。小さな村といっても、コモ湖の湖畔の道は“女王の道”(Strada de Regina)と呼ばれていて、コモ湖のリゾート地延長上にあり、観光客を運ぶ交通量の多いところです。そんな湖畔から山の方向500メートル入ったソッコルソの丘にヴァレーゼと同じ配置で造られた“ロザリオの祈り”のサクロ・モンテがあります。
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他のサクロ・モンテがそうであるように、この地も1500年に聖母マリアの教会が建てられてから聖域とされていて、そこに17から18世紀にかけてヴァレーゼを模してサクロ・モンテが造営されたのです。このサクロ・モンテには湖の畔からずっと登りです。一番低いところにある1番礼拝堂から最後の14番礼拝堂を過ぎて聖母マリアを拝した聖域教会は標高419メートルです。但し、ここからも更にのぼりの山道が続いています。山道は更に険しくなり狭くなっていきます。この道は標高800メートルにある15世紀に建てられたサン・ベネディット修道院まで行っているそうです。
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とても標高800メートルまでは行けませんので、教会の少し先まで行き、コモ湖とそこに浮かぶコマチネ島、コモ湖の周りの山々の雄大な景色を眺めてソッコルソの丘を降りました。この先にあるサン・ベネディット修道院は余りにも辺境にあるため放棄されて廃墟になっていたそうです。最近になって歴史的な価値が評価されて復元作業に入ったそうですが、その作業も大変なので滞りがちだという話です。
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湖畔には“女王の道”を含むコロンノ・レンノ間10キロ強に及ぶ“グリーンウェイ”と呼ばれる散歩道があります。この道沿いには古い教会、ローマ遺跡、昔のままの小さな路地があります。道路わきには“グリーンウェイ”の標識があり観光客にもわかりやすくなっています。オッスッチョ村湖畔にもサンタ・マリア・マッダレーナ教会があります。この教会は1169年の記録にその名を見ることが出来る古い教会で、石造りのロマネスク様式の風情ある教会です。教会脇の湖畔の道から湖に出る細い石畳の路地は、教会の壁と同じような石塀に囲まれた昔ながらの路地裏です。
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湖に出ると目の前にコマチネ島と島にある古い教会まで見ることが出来ます。その向こうに見える対岸の街と山々、その上の青空がくっきりと澄んだ湖に写っています。湖の岸辺には、それとは別世界のように、日光浴と水遊びをしているたくさんの観光客が残り少なくなった夏の日差しを楽しんでいました。
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こうしてここに来てみると、コモ湖にサクロ・モンテだけを見に来るのは間違っているような気がします。コモ湖のヴィラで家族とゆっくりしながら水辺のレジャーを楽しみ、湖畔や山を散策し、そのついでにコモ湖畔の貴族や有名人のヴィラやサクロ・モンテを訪ねるのが王道なのです。

オッスッチョにはLe Nord線のコモ・ラーゴ駅出口の右側にあるバス・ステーションからバスに乗ります。バスは湖に沿って走るManaggio-Colico行き(ASFバス、Linea C10)で土曜日でも1時間間隔にあります。コモ湖周辺はミラノのリゾート地ですから、日曜祝日でも、本数は少なく1~2時間間隔となりますがバスはちゃんとあります。チケットはバス・ステーションの切符売り場で買います。片道2.5ユーロですが必ず往復分を買ってください。バスは車内放送もなく淡々と走っていくだけです。コモの街を抜けると湖畔の道を右回りで走りますので、コモ湖を眺めながらいくつかの観光地を通ると、素晴らしい景色に目を奪われて、直ぐに、どこを走っているのかがわからなくなります。従って、運転手さんに降りるところを告げて、そこに着いたら必ず教えてもらうように頼んでください。降りる停留所はオッスッチョ・スプラーノです。コロンノの街を過ぎるとコモ湖にコマチネ島が見えてきますので、そこから7,8分です。もし、通り過ぎてしまい次の停留所イソーラ・コマチネに来てしまっても大丈夫ですから、あわてる必要はありません。
停留所を降りると、道の反対側に誰かの家の入口のように階段がついた細い歩行者専用の路地があり、Via Santurioと表示があります。その路地がサクロ・モンテに通じる道です。そこからサクロ・モンテまではずっと登り道です。サン・アガタ教会の鐘楼が見えたらそこがサクロ・モンテの入口になります。但し、入口にある礼拝堂は4番ですので、1から3番の礼拝堂へは4番の脇の道を下って降りる必要があります。4番から14番及び聖域教会へはこの入口にある道を昇っていくだけです。ここからはずっと厳しい昇り坂ですから足腰が悲鳴をあげるかもしれません。コモの街への戻りも、降りたところの近く(道路の反対側です)にあるコモ方面に行きの停留所から乗ってください。
コモへは、バス乗り場に近いコモ・ラーゴ駅で降りたほうが良いので、Le Nord線を利用したほうが良いと思います。多分、バスは、イタリア国鉄の駅のそばの停留所にも停まると思いますが、停留所がどこなのか調べていません。
2010-10-17(Sun)

ドモドッソーラ(サクロ・モンテ)

ピエモンテ州の北の端、ヴェルバーノ・クシーノ・オッソーラ県のスイス国境の街がドモドッソーラです。ここからスイスのロカルノまで1時間40分の山岳列車が走っているので、観光客の通過点となっている街でもあります。この国境の街の街外れの丘に、キリストが磔にされたカルヴァリオの丘と同じものを造る目的でサクロ・モンテが造営されました。従って、ここのサクロ・モンテはSacro Monte Calvarioと呼ばれています。キリスト受難は、残酷な描写が多くあまり好みではないのですが、アルプスの麓のこの街の景観に誘われて来てしまいました。
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ドモドッソーラ駅から小さな街を抜けると直ぐにカルヴァリオの丘の麓に出ます。そこはまだ街中なのですが、そこに一番礼拝堂と2番礼拝堂があるのです。丘の登り口にあたる3番礼拝堂では、キリストが十字架を背負っています。要するに、キリストはここから十字架を背負ってカルヴァリオの丘を登り始めるのです。巡礼者もキリストと一緒にここから丘に昇ることで受難を実感できるような礼拝堂の配置になっているのです。特に6番礼拝堂と7番礼拝堂の間は、かなりきつい登り道でしかも距離も長いので、巡礼者は、キリストの受難を感じながらこのきつい登り道を歩き、ほんの少しの苦しみを体に刻み込むのかもしれません。
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このカルヴァリオの丘の高台にある広場は聖域となっています。この聖域内には8番からカルヴァリオの丘で磔にされている12番(13番は12番礼拝堂の中にあります)までの礼拝堂があります。
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14番の「キリストの墓」と15番の「復活」の礼拝堂がその先にある丘の頂上にあり、そこには6世紀に建てられた古い城もあります。やはり、アルプスの麓にあるこのサクロ・モンテは、頂上からはとても素晴らしい眺めが望めます。
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今回、初めて1番礼拝堂から15番までを順番に巡ってきました。3番からはずっと登り道ですが、キリストの受難とは比べようもないほど何とかなる登り道です。それでも登り道のいやな人には、ドモドッソーラ駅から丘の頂上までのバスがあります。しかし、出発時刻が列車の到着時間に合っていない上、本数も限られています(1日に4本ほど)ので余りお勧めではありません。ドモドッソーラ駅から1番礼拝堂までは歩いても10分ほどです。街中を抜けていくのですが、途中に“Sacro Monte Calvario”と表示した黄色の標識がありますので、それに従っていけば、住人に道を尋ねることもなく行くことが出来ます。復路も、昇ってきた道を降って、街中を通って駅に戻りました。アルプスの麓の街は、晴れていれば、周りを山々で囲まれた景色は素晴らしく、とても気持ちがよく散策できます。
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ミラノからドモドッソーラへは、ミラノ中央駅からの普通列車とユーロシティ、及びポルタ・ガリバルディからの普通列車があります。午前中は9時から11時過ぎまで列車がないのですが、その他の時間帯は1時間に1,2本の列車があります。所要時間は、ミラノ中央駅からの普通列車が1時間半、ユーロシティなら1時間18分です。ポルタ・ガリバルディからの普通列車は2時間強かかります。料金は、普通列車が7.95ユーロでユーロシティが17.5ユーロです。ミラノへの戻りは午後1時台と5時台を除き、1時間に1~2本の普通列車(ミラノ中央駅行きとポルタ・ガリバルディ行き)とユーロスターがあります。この列車はマッジョーレ湖の西岸を通りますので、車窓からはストレーザ駅を過ぎるとボッロメーオ諸島を望めます。もちろん、マッジョーレ湖を過ぎるとアルプスの山々がとても綺麗です。

また、ドモドッソーラからノヴァーラに行く普通列車も2時間に1本ありますので、ノヴァーラ経由でミラノに戻ることも出来ます。このローカル線はオルタ湖の東岸を走りますので、オルタ湖がとても綺麗です。また、車窓からのアルプスの山々がとても素晴らしい列車です。行きはミラノ中央駅からマッジョーレ湖経由で、帰りはオルタ湖からノヴァーラ経由でミラノに戻るような計画も良いかもしれません。
2010-10-16(Sat)

オローパ(サクロ・モンテ)

3ヶ所目のサクロ・モンテとして、ピエモンテ州ビエッラ県にあるオローパを選びました。標高1180メートルの山の上にあるこの聖地は、サクロ・モンテの中で一番行きたかったところです。遠い昔(記録では13世紀)からの巡礼地であるオローパはサクロ・モンテよりも黒いマドンナ(黒いマリア像)が有名なのです。この黒いマドンナには4世紀に遡る古い言い伝えがあります。現在でもこの黒いマドンナに対する信仰は強く巡礼者が絶えることはないそうです。従って、ここには常時200人以上が滞在できる宿泊設備があります。

ビエッラの駅からバスに乗って標高1180メートルの地点で降りると、目の前に広がる巨大な聖域のコンプレックスにびっくりしました。何で、こんな山の頂上にこんな巨大な設備を造ったのだろうと感じるのは、私だけではないと思います。周りの高い山々を背景にした長方形に取り囲まれた敷地内には新旧2つの聖堂と付属設備及び巡礼者のための宿泊設備が建てられています。ちょうど、バスを降りたところからの眺めは絵葉書の写真のようで、それもヴェルサイユ宮殿か京都御所を見ているようです。1年中、巡礼者と観光客が訪れるこの聖域は、その全員を迎い入れる準備が出来ています。入口付近には巨大な駐車場とカフェやレストラン、土産物屋に宗教関係のお店が揃っています。
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土産物屋を覗きながら聖域内に足を踏み入れました。やはり、黒いマドンナを拝している旧聖堂からです。旧聖堂は13世紀のバシリカを16世紀の終わりに建て直したものです。この神聖なる聖堂内に足を踏み入れるとたくさんの巡礼者が黒いマドンナに深い祈りを捧げています。でも、その横でたくさんの観光客が黒いマドンナの写真を撮っているのです。同じイタリア人なのに対照的なこの光景はなんとも奇妙です。そんな人達を掻き分けながら近くまで行き、黒いマドンナの顔を見ると、一瞬時間が止まったような気がしました。そのお顔は、まさしく観音様のお顔なのです。後で調べたところ、美しい顔で有名な広隆寺の弥勒菩薩“半跏思惟像”にそっくりだったのです。宗教とは不思議なものです。地球の反対側にあっても、宗教の違いがあっても、人間の信じる神のお顔には共通するものがあるのです。キリスト教徒ではない私もつい十字を切ってしまいました。
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旧聖堂はこの巨大なコンプレックスの中ほどにありますが、コンプレックスの一番奥に1885年に建てられた新聖堂があります。この中の地下礼拝堂にも黒いマリア像が安置されていて、ここでもたくさんの巡礼者が祈りを捧げていました。
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新聖堂の先にはロープウェイの駅があり、ここからカミーノ山の標高1900メートルの地点まで行くことが出来ます。更に、その先には2400メートルまでのロープウェイもあるそうです。冬にはスキー客で賑わうところです。また、ここには自然を感じながら美しい山間を歩くトレッキングコースもあります。このビエッラ周辺には、ここと同じような巡礼地がいくつかあり、その巡礼地を巡る5キロ、10キロコースがあるようです。一番短いコースは20分で谷を挟んだ並行した山道を歩くコースです。この自然豊かな山道を歩きながら谷の先に見えるオローパの聖域を眺めるととても素晴らしいのです。
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これではサクロ・モンテを忘れてしまいそうです。この長方形の巨大なコンプレックスの直ぐ隣にある起伏の多い山中に聖母マリアの物語に沿って造営されたサクロ・モンテがあります。忘れてしまいそうな理由は、黒いマドンナの巡礼者はたくさんいるのですが、世界遺産であるサクロ・モンテの巡礼者がほとんどいなかったことにもあります。黒いマドンナは、いつの頃からかマリア像(“マグダラのマリア”との説もある)であると言われていますが、本来は女神を拝した土着信仰に起源があると言われています。この土着信仰とマリア様の合体は今でも根強くこの地に残っていて、いくら世界遺産でも勝てないのです。そのような環境にあるせいか、巡礼者のまばらな礼拝堂の中のテラコッタとフレスコ画は、残念ながら余り保存状態が良いとは言えませんでした。
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今回のサクロ・モンテ訪問は、黒いマドンナの存在感に圧倒されて、影が薄くなってしまいました。それでも、黒いマドンナは、こんな山奥まで見に来た価値が十分にありましたので、今回のオローパ訪問には十分満足しています。標高1180メートルの聖地オローパは、ビエッラ駅から13キロの地点にあります。駅前から聖地オローパ行き(聖域の先にあるロープウェイの駅が終点です)のバス(ATAPバス、Linea Urbana 2)が出ています。所要時間は40分で料金は片道0.9ユーロだったと思います。バスのチケットはビエッラ駅内にあるバールで往復を買ってください。バスは、平日は1時間に1本、日曜日祝日でも2時間に1本あります。時刻表はウェブでも調べられますが、停留所でも必ず帰りの時刻表を確認してください。オローパの聖域には停留所が3つあり、歩ける距離にありますので、行きも帰りも、どの停留所でも利用できます。

ビエッラ(駅名はBiella San Paoloです)まではノヴァーラから2両編成の綺麗な列車があります。始発と終点ですので気楽に乗ってください。所要時間は40分です。朝の10,11時台は列車がないのですが、そのほかの時間帯は、往復とも1時間に1本あります。この列車の時間を調べて、ミラノとノヴァーラ間の列車を決めてください。
2010-10-16(Sat)

ジェノヴァ

ミラノからジェノヴァまでは遠くはありません。ミラノのロゴレド駅から普通列車に乗って1時間40分で着いてしまいます。しかし、暗い印象のあるアルプスの麓の大都会ミラノから日差しが強く明るい地中海沿岸の大都会ジェノヴァに行く事を考えると、ミラノ人でなくともうきうきとした旅行気分になってしまいます。実際に、霧の多い冬場のミラノからジェノヴァに行くと、いつも期待通りに明るい太陽が迎えてくれます。列車は、ミラノからロンバルディア平野を過ぎるとアペニン山脈に入り、いくつものトンネルを抜けると、予告もなく突然太陽の輝くジェノヴァの街に入ってしまいます。この列車には何度も乗りましたが、変化のある車窓は一度も遠いと感じさせてくれませんでした。
16082009_01_ジェノヴァ駅_04コロンブス銅像 16082009_10_フェッラーリ広場_09 16082009_05_赤の宮殿テラスから_05

中世において、ヴェネツィア、ピサ、アマルフィーと並ぶ4大海洋都市国家であったジェノヴァは、一時、黒海までを制するほどの海軍を持っていたのです。その海洋都市国家もヴェネツィアとの長い戦いで14,5世紀には衰退してしまったのですが、16,7世紀のスペイン帝国支配の下、スペインの海外進出に投資をしたジェノヴァの有力貴族がその財力で数々の宮殿を築いたのです。それらの宮殿が2006年に世界遺産に登録されたジェノヴァの宮殿群です。ジェノヴァの観光は、これらの宮殿群から始めました。最も有名なガリバルディ通りにある赤、白の宮殿とトゥルシ宮殿は8ユーロのパックになっていて、赤の宮殿の前の書店で入場券を購入します。最初に入る赤の宮殿は、宮殿建築だけでなく、絵画、フレスコ画、彫刻、調度品等、見所がいっぱいです。宮殿の一番高いところまで上がれて、そこから見えるジェノヴァの街と港がとても印象的でした。続けて、白の宮殿、トゥルシ宮殿を見て廻ると、ちょっと宮殿見学はお休みしたくなってしまいます。
16082009_04_ジェノヴァ街並_05 16082009_05_赤の宮殿テラスから_06 16082009_06_白の宮殿から赤の宮殿_08
16082009_07_トゥルシ宮_01 16082009_06_白の宮殿_09 16082009_08_ガリバルディ通り_02

ジェノヴァで一番のお勧めは、旧市街を歩くことです。12,3世紀にはヴェネツィアをしのぐ海洋国家であったジェノヴァの旧市街はヨーロッパで一番大きいと言われています。イタリアのどこの港でも、その旧市街は綺麗であるはずがありません。ジェノヴァもその例に漏れず、余り綺麗とはいえません。それでも、ナポリやパレルモの比べるとぜんぜん綺麗なのです。石畳の道、市場、カフェ、あっちこっちにある大きな古い建物と街角の聖母マリアの彫刻には歴史と文化が詰まっています。ステンドグラスが綺麗なサン・ロレンツォ聖堂は必見です。もちろん、ジェノヴァでは食べ物も忘れないでください。ジェノヴェーゼソースのトロフィエはジェノヴァで食べないと美味しくありません。
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旧市街の街並とジェノヴァの食べ物をたっぷりと味わったら、港のほうに行ってみましょう。港は綺麗に整備されていて、まるで、横浜の港のようです。大きな豪華客船に豪華なヨット、それに中世の船まであります。ポルト・アンティーコ(古い港)の広場は、ジェノヴァの住人の憩いの場になっています。眩しいくらいに明るい太陽の日差しの中で食べるジェラートは最高です。
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さあ、もう一度街に戻りましょう。ジェノヴァには新しく地下鉄が開通しました。ポルト・アンティーコから地下鉄に乗ってジェノヴァ・プリンチペ駅に戻り、駅から5分ほどジェノヴァの中心部に向かったところに王宮があります。入場料は4ユーロですが、ここは必見です。建物、絵画、タペストリー、調度品の数々は、赤、白の宮殿を見た後でも十分に満足させてもらえます。また、宮殿のバルコニーから見える港の景色も最高です。
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ジェノヴァの街には、他にも観光スポットがいっぱいあります。ケーブルカーで丘の上に上がって街と港を見下ろすことも出来ます。コロンブスの家、オペラ劇場、その他の宮殿等々、街を歩けば見所にあたります。また、ジェノヴァ近郊のリヴィエラ海岸沿いにはリゾート地もいっぱいあります。ジェノヴァの街には良いホテルもいっぱいありますので、ジェノヴァに1,2泊して、ゆっくりするのも良いと思います。
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ミラノ中央駅又はロゴレド駅からジェノヴァまではイタリア国鉄が1時間に1,2本の普通列車とインターシティ(IC)が出ています。ICはロゴレド駅に停まらない場合がありますから注意してください。普通列車だとロゴレド駅からの所要時間が1時間40分で料金が9.1ユーロです。ICですと、所要時間が1時間30分で料金が16.5ユーロとなります。ミラノへの戻りも1時間に1,2本普通列車とICが夜の9時半過ぎまでありますので、それほど心配することはありません。但し、夏休み期間は非常に混んでいますので、ICを使う場合は事前に予約しておいたほうが良いと思います。普通列車でも座れないことがあります。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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