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2010-12-14(Tue)

アッシジ

ルッカからフィレンツェ経由でアッシジまで行きました。ルッカまでの2時間遅れがそのまま残り、アッシジには午後7時前に着く予定だったのが9時前になってしまいました。アッシジの駅前からバスで、山の中腹にある城壁に囲まれた街アッシジの入口に着くと、夏の長い陽も落ちてしまい、誰も歩いていない薄暗い城壁内の中世の石畳の道を一人で歩き始めました。途中のカフェで夕食を取ったので、ホテルについた時間は既に真っ暗でした。ここは山の斜面に築かれた城壁に囲まれた街です。その城壁の内側は完全に中世の街並になっていて、それも、暗くて誰も通らない細い石畳の道ですから、完全にタイムスリップして、ロミオがジュリエットに会いに行くような気分になってしまいます。
アッシジは、聖フランチェスコの街です。聖フランチェスコ(英語ではサンフランシスコです)と言っても日本人にはピンと来ませんが、イタリアでは最大の人気を誇る聖人です。イタリア国の聖人は2人いて、第1聖人は、シエナの聖カテリーナで、第2聖人がアッシジの聖フランチェスコです。従って、シエナとアッシジ、この2つの世界遺産は、イタリア人にとっても特別な街なのかもしれません。

ホテルでぐっすりと眠り、体もカメラも十分に充電された状態で、朝の6時前に目が覚めてしまいました。窓から外を見るとこの日も快晴です。ホテルの朝食は8時からなので、その前に、まだ誰もいないであろう街を散策しました。アッシジの一番高いところに城砦(ロッカ・マッジョーレ)があり、ホテルは城砦から続く城壁に沿ったところにあります。ホテルの直ぐ横にある城門を抜けて城壁の外に出ると、朝日に輝く金色のロッカ・マッジョーレと周りの山々が目の前に広がり、もう、口では言い表せない景色なのです。早起きは3文の得と言いますが、この景色はその何百倍も得をした気分にさせてくれます。
18072010_AS03_アッシジ城外景色_002 18072010_AS03_アッシジ城外景色_005 18072010_AS03_アッシジ城外景色_007

城壁に戻りアッシジの街に入っても、先ほどの景色による気持ちの高ぶりは修まりません。人がほとんどいない静かな朝は、花で飾られてとても綺麗な中世の街並を一層際立たせています。ホテル近くにあるローマ時代の円形闘技場跡外周の楕円形の石畳の道で、お年寄りのご婦人が箒で掃除をしていました。やはり、イタリアでも早起きするのも、街を綺麗にするのも老人なのですね。
18072010_AS02_アッシジのホテル周辺_004 18072010_AS02_アッシジのホテル周辺_005 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_001
18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_004 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_010 18072010_AS05_アッシジ円形闘技場周辺街並_011

その先にはアッシジのドゥオモ(サン・ルフィーノ聖堂)が見えています。ドゥオモといってもアッシジでは第3の聖堂なのです。12世紀に建てられたこの教会は、聖フランチェスコと聖キアーラの洗礼を行ったところです。教会の床の一部がガラス張りになっていて、ローマ時代のバシリカの遺跡を見ることが出来ます。
18072010_AS06_アッシジドゥオモ周辺街並_001 18072010_AS07_アッシジドゥオモ_001 18072010_AS07_アッシジドゥオモ_010
18072010_AS07_アッシジドゥオモ_012 18072010_AS08_ドゥオモからキアーラ街並_001 18072010_AS08_ドゥオモからキアーラ街並_002

続いて、13世紀中旬に建てられたアッシジ第2のサンタ・キアーラ聖堂があります。キアーラは若く美しい女性だったそうで、聖フランチェスコを師と仰ぎ、クララ修道院の祖となった人です。クララはキアーラのドイツ語読みですが、クララよりもイタリア語のキアーラのほうが若くて美しい女性を想像できます。聖堂前の広場からの景色も朝日が当たって輝いていました。聖堂の中のクリプトには聖キアーラの亡骸が納められています。この時間、ここにいるのは一人だけなので、聖キアーラが今にも起きて話しかけるのではないかと思ってしまいます。でも、クリプトにある礼拝堂では、既に朝のミサが始まっていました。
18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_001 18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_007 18072010_AS10_サンタ・キアーラ教会_011
18072010_AS09_サンタ・キアーラ教会からの景色_003 18072010_AS09_サンタ・キアーラ教会からの景色_004 18072010_AS11_サンタ・キアーラからコミューネ広場_001

街の中心部のコミューネ広場には、紀元前1世紀に建てられたミネルヴァ神殿があります。16世紀に改修されて、現在はサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会となっています。正面のコリント式の列柱と屋根は紀元前のままです。外観は、青空に伸びている中世の鐘楼と紀元前の建物がマッチしていて、とても素晴らしいのですが、内部はバロック様式の豪華な造りになっていて、ちょっとがっかりです。
18072010_AS12_コミューネ広場_005 18072010_AS13_ミネルヴァ神殿_001 18072010_AS13_ミネルヴァ神殿_003

朝の散策の最後は、この街で一番高いところにある13世紀に再建されたと言われているロッカ・マッジョーレです。街中のどこからでも朝日を浴びて黄金色に輝いていた城砦が良く見えていて、そこに行かずにはいられなかったのです。街の裏手にある花で飾られた細い路地の階段を登ること5分くらいで朝日に輝くお城が目の前に現れました。朝が早いので、入場料2ユーロのお城の門はまだ閉ざされています。しかし、お城の前の広場から、眼下にあるアッシジの街が朝日を浴びて素晴らしく輝いているのが見えます。この光景は、朝のこの時間しか見られないと考えると、何故か感動してしまいました。朝8時の朝食の時間までこの光景をたっぷりと味わいました。
18072010_AS15_ロッカと景色_002 18072010_AS15_ロッカと景色_006 18072010_AS15_ロッカと景色_003
18072010_AS15_ロッカと景色_017 18072010_AS15_ロッカと景色_015 18072010_AS15_ロッカと景色_022

ホテルに戻って朝食を取りチェックアウト後、もう一度街に出て、朝の散策では見ることの出来なかった、ドゥオモとサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会の内部を見ながら、サン・フランチェスコ大聖堂に向かいました。コミューネ広場から大聖堂に向かう石畳の道は、景色も良くウンブリア州の丘陵地帯を見渡すことが出来ます。また、このあたりも古い建物が続きますので、自然とゆっくりした散策となってしまいます。
18072010_AS17_アッシジ街並と景色_008 18072010_AS17_アッシジ街並と景色_015 18072010_AS17_アッシジ街並と景色_022

それでも20分も歩くと、雲ひとつない青空を背景に真っ白なアッシジ第1の大聖堂が見えてきました。やはり、この街は聖フランチェスコの街だったことを再認識した瞬間です。街の外れにあるこの大聖堂は、この街を見守っているような威厳があります。13世紀初頭に建てられたこの大聖堂は、地震によって崩壊したのですが、僅か2年で再建されたそうです。それも、内部のフレスコ画まで元通りに直したのですから、やはり、聖フランチェスコの奇跡かもしれません。この街では、聖フランチェスコは、キリストやマリア様以上の存在なのでしょう。さすがに聖フランチェスコの聖地です。大聖堂の周りには、どこからともなく大勢の観光客と巡礼者が湧いてきていました。
18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_003 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_006 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_007

有名なジョットとその弟子が描いた聖フランチェスコの生涯を表現したフレスコ画は、この大聖堂の1階の壁面いっぱいに描かれています。ここに、有名な「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」のフレスコ画もあります。但し、撮影禁止なので写真は取れません。代わりに絵葉書を購入しました。
190720103170S.jpg 19072010_Francesco.jpg

大聖堂は、地下にも大きな礼拝堂があります。1階は、どちらかというとジョットのフレスコ画美術館で、地下の礼拝堂を日常のミサに使っているようです。地下の礼拝堂には大聖堂の脇の階段を降りたところにある入口から入ります。地下の礼拝堂のクリプトには聖フランチェスコのお墓があり、そこには観光客と巡礼者が列を作っています。朝早くに行った誰もいなかった聖キアーラのお墓とはだいぶ違います。残念ながら、ここも撮影禁止なので絵葉書を買ってきました。
18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_002 18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_003 190720103173S.jpg

聖フランチェスコ大聖堂を出て、昨晩、バスが着いたところに向かう道は、もう観光客でいっぱいです。土産物屋もジェラート屋も大繁盛です。バス停のある城門の直ぐ傍には、サン・ピエトロ教会があります。ここも立派な教会なのですが、サン・フランチェスコ大聖堂の影に隠れて、ひっそりとしていました。何度も、大聖堂とアッシジの街を振返りながら、バスに乗ってアッシジの街を後にしました。
18072010_AS19_サン・フランチェスコ大聖堂下層階_006 18072010_AS18_サン・フランチェスコ大聖堂上層階_009 18072010_AS21_サン・ピエトロ聖堂と広場_002
18072010_AS20_サン・フランチェスコ大聖堂周辺街並_001 18072010_AS22_アッシジの城外からの景色_002 18072010_AS22_アッシジの城外からの景色_005

アッシジの駅から山の中腹のアッシジの街が見えます。まるで、下界から聖域を眺めているようです。それほど、アッシジの街は美しく聖なる雰囲気に包まれていたような気がします。駅の直ぐ傍に、16,7世紀に建てられたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂があります。ここは1226年に聖フランチェスコが亡くなった場所だそうです。駅のホームからクーポラと鐘楼が見えていました。
18072010_AS23_丘の下からアッシジの街風景_003 18072010_AS24_アッシジ駅_002 18072010_AS24_アッシジ駅_005

ルッカからアッシジまで行くには、フィレンツェで乗換えます。ルッカからフィレンツェまでは午後なら1時間間に1,2本ある普通列車で1時間20~40分です。フィレンツェからアッシジまでは2時間間隔の普通列車で2時間30~40分です。料金は、通しで14.95ユーロでした。
アッシジの鉄道駅からアッシジの街までは、駅前からバスに乗ります。バスは平日でも日曜日でも30分間隔であります。所要時間は10分足らずで料金も片道1ユーロと良心的です。但し、チケットを車内で購入する場合は1.5ユーロとなってしまいます。今回はアッシジ駅についた時間が遅かったので、駅のタバッキが閉まっていてチケットは車内で購入しました。アッシジの街から乗る時は、チケットはバス停近くのタバッキで購入できます。
アッシジからフィレンツェ方面の列車は2時間間隔ですから、バスに乗るときは列車の時間に合わせて乗らないと駅で待つ時間が長くなってしまいます。アッシジからフィレンツェまでの普通列車の料金は11.65ユーロとなります。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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