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2011-01-08(Sat)

アスティ

ミラノの直ぐ近くなのに、気になっていて、まだ行っていない街が2つありました。ピエモンテ州のアスティとアレッサンドリアです。その2つをまとめて行ってきました。まず、アスティですが、この街は、ワインとトリフとスローフードで有名なランゲ地方の入口にあたります。従って、食のピエモンテを代表するような人口75000人の大きな街です。
アスティも古い街で、ローマ時代以前に、イタリアの原住民であるリグーリア人が住んでいました。リグーリア人の言葉でAstiとは“丘”の意味があるそうです。ローマ時代にもリグーリア海とトリノを結ぶ交通要所として栄え、10世紀からは司教が直接納める自治都市となっています。13世紀にはトリノを凌ぐほどのパワフルな街となっていました。

アスティには朝の9時半に到着し、街の中心部に向かうと、広場には食料品を中心とした街頭市がいっぱい出ていました。広場の横には大きなメルカートの建物があり、イタリアとは思えないほど綺麗な建物の中にはたくさんの食料品店が並んでいます。最初から、食のピエモンテを見せ付けられてしまいました。
07082010_03_アスティ・メルカートと街頭市_001 07082010_03_アスティ・メルカートと街頭市_002 07082010_03_アスティ・メルカートと街頭市_005

活気が漲っていたマーケットを抜けると、買い物に疲れた人達がカフェでくつろいでいるサン・セコンド広場に出ました。ここにはアスティの聖人であるサン・セコンドに捧げたサン・セコンド聖堂があります。この街の最盛期である13世紀に建造された大きくて立派なロマネスク・ゴシック様式の聖堂です。
07082010_05_サンセコンド広場_002 07082010_04_サンセコンド教会_004 07082010_04_サンセコンド教会_005

街外れ方向に進むと、11世紀建造のサンタ・マリア。ヌォーヴォ教会、12世紀建造のこのあたりでは珍しい八角形のサン・ピエトロ洗礼堂と歴史的建造物が2つあります。この八角形の建物がアスティで最も歴史的に重要なのだそうです。
07082010_10_サンタマリア・ヌォーヴォ教会_002 07082010_11_サンピエトロ礼拝堂_003 07082010_11_サンピエトロ礼拝堂_005

街の中心部方向に戻り、メディチ広場にあるトロヤーナ塔(13世紀)に登りました(2.5ユーロ)。街の真ん中にある高さ50メートルの塔は、街全体を上から眺めるのに絶好な位置にあります。
07082010_09_アスティ街並2_002 07082010_13_トッレ・トゥロヤナと景色_002 07082010_13_トッレ・トゥロヤナと景色_007

続いて、アスティのドゥオモ(サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂)に向かいます。途中のカラーナ広場にも街頭市が出ていました。やはり、市の多い街なのです。カテドラーレ通りの終点に13世紀に建てられたロマネスク・ゴシック様式のサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂があります。このアスティのドゥオモは、ピエモンテで1,2を争うほどの大きさだそうです。現在の人口75000人にはどうみても大きすぎるのですが、13世紀にはこの大きさのドゥオモが必要なほど力のある大きな街だったのです。
07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_034 07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_001 07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_006

大聖堂の中に入ると、久しぶりに感動しました。大きな大聖堂の内面の壁と屋根の全面がフレスコ画で覆われているのです。太く高い石の柱にもフレスコ画で模様が描かれています。フレスコ画をじっくりと眺めると、その一つ一つが実に素晴らしいのです。それほど期待をしていなかったアスティでしたが、見事に、良い方向に裏切られてしまいました。またまた、イタリアの奥の深さを痛感してしまいました。
07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_008 07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_015 07082010_15_サンタマリア・アッスンタ(ドゥオモ)_021

大聖堂から南に下がると15世紀に建てられたサン・ピエトロ・コンサヴィオ教会があります。イタリアでは珍しく鐘楼がファサードの真ん中に建っています。教会の前の通りを西に進むと円筒形の塔トッレ・ローザ(又はトッレ・ロマーナ)が見えます。この塔はローマ時代の城壁の塔を増強して11世紀に建てられたそうです。
07082010_16_サンタナスタシオ教会_001 07082010_17_トッレ・ロッサ_002 07082010_21_アスティ街並5_004

今度は、大聖堂の北方向に向かいしました。そこには、14世紀にアスティを支配していたミラノのヴィスコンティ家が建てた旧市街を囲っていた城壁が残っています。城壁に沿って進むと緑の生い茂った公園に入ります。ここにカステッロがあったらしいのですが、残念ながら城壁の内側に入ることが出来ませんでした。でも、お城の建物は、もう、ほとんどないそうです。
07082010_20_アスティ城壁と公園_003 07082010_20_アスティ城壁と公園_004 07082010_20_アスティ城壁と公園_007

カステッロから街に戻り、最後にもう一度街歩きです。中心部のローマ広場にはコメンティーナ塔が聳えています。宮殿と塔は、13世紀に建てられたとは思えないほど保存状態が良く、宮殿は今でも事務所として使われています。
07082010_12_アスティ街並3_001 07082010_08_トッレ・コメンティーナ_006 07082010_12_アスティ街並3_002

この他にも、アスティの街にはたくさんの塔があります。実際に、120の塔があるのですが、一般にアスティは“100の塔のある街”と呼ばれています。コメンティーナ塔、トロヤーナ塔及び八角形のレジブス塔が代表的な塔です。
07082010_07_トッレ・レジブス_001 07082010_21_アスティ街並5_002 07082010_21_アスティ街並5_007

アスティには、ミラノからヴォゲーラに出て乗換えて行きます。ヴォゲーラからエスプレッソ(急行)に初めて乗りました。要するに、短い距離の座席指定のインターシティです。ミラノ・ロゴレド駅から乗換を入れても2時間弱で、料金も合計で10ユーロ(エスプレッソは5.4ユーロ)でした。但し、ピエモンテ州の州都であるトリノからなら本数も多いのですが、ミラノからヴォゲーラ経由は本数も少ないので、事前に時刻表で列車を調べておく必要があります。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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