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2010-11-06(Sat)

ボルジオ・ヴェレッツィ

2月中旬のミラノは、まだまだ寒くて暗い冬が続いています。それを逃れるように、立て続けにジェノヴァ方面に来てしまいました。今回は西リヴィエラにあるフィナーレ・リグーレの隣に位置する人口2300人の小さな街、ボルジオ・ヴェレッツィに行ってきました。ボルジオは海辺の街で、その背後にある丘の上の街がヴェレッツィです。この2つの街が統合して現在はボルジオ・ヴェレッツィになりました。イタリアの「最も美しい村」では、ヴェレッツィだけをその対象に選んでいます。ヴェレッツィは、ポッジョ、ピアッツァ、ロッカロ、クローザの4つの村に分かれています。これらの村は、海賊でこの周辺を度々襲撃していたサラセン人が、この丘から見える美しい景観に惹かれて移り住んだと言われています。従って、美しい景観ばかりでなく、この地方の他の村とは異質の居住空間として、イタリア人の観光客が訪れるところとなりました。

フィナーレ・リグーレから海岸線を走るバスはたった5分(一駅)でボルジオの海岸に到着します。バス停からイタリア国鉄の踏切を渡ったところにインフォメーションがあり、そこで資料を入手し、早速、海岸線から250メートルの高低差がある丘の上の4つの村を目指しました。丘の上への道は、歩行者用の険しい山道と車の通る蛇行した舗装道路の2通りありますが、最近、険しい山道が多かったこともあり、蛇行した舗装道路をゆっくりと登ることにしました。この日も快晴で、日差しは2月の午前中とは思えないほど体を温めてくれます。険しい山道では汗をかいてしまうでしょう。道を登るに従い、海側、山側とも景観が徐々に広がり、美しさを増していきます。
13022010_03_ボルジオ街並_01 13022010_04_ヴェレッツィ景観_05 13022010_04_ヴェレッツィ景観_06

ポッジョ村が一番下にあります。舗装道路の脇にポッジョ村に入る歩行者用の登り階段の細い道があり、そこに「最も美しい村」の看板が出ていました。そこを登ると直ぐに、山から突き出たような岩肌と一体化した一塊の集落が見えてきます。村に入ると、ここの家は、岩肌を掘り込んだ洞窟を外側に拡張するように造られています。拡張部の骨材は木材で壁は薄く切り取った岩を積み重ね、壁は土を練り固めてあります。骨材が表面に出ているので一見弱そうに見えるのですが、実際には、山の岩と集落全体の家が一体化されているのでかなりの強度だと思います。それよりも、村が山と一体化していて、自然の景観を壊していないのが、とても印象的でした。
13022010_05_ポッジョ村_02 13022010_05_ポッジョ村_04 13022010_05_ポッジョ村_09

迷路のような入り組んだポッジョ村の中の路地を通り過ぎると村はずれの広場に出て、その先に次の村、ピアッツァの入口が見えます。ピアッツァ村がこの4つの村の中心となっています。村の中心にある17世紀に建てられたサンタゴスティーノ教会前の広場は、毎年、夏になるとヴェレッツェのフェスティバルの会場となります。この広場から、真下にあるボルジオの街、その先の青い地中海と周りの山々は絶景です。広場も含めて、この村の中にはレストランやバールもあり、一番観光客の多い村です。
13022010_06_ピアッツァ村_04 13022010_06_ピアッツァ村サンタゴスティノ教会広場_07 13022010_06_ピアッツァ村サンタゴスティノ教会広場_08
13022010_06_ピアッツァ村サンタゴスティノ教会広場_05 13022010_06_ピアッツァ村サンタゴスティノ教会広場_10 13022010_07_ピアッツァ村_08

ピアッツァ村からその次のロッカロ村までは、景色の良い山沿いの遊歩道が繋がっています。従って、ピアッツァ村を訪れた観光客は、そのままロッカロ村を訪れてしまうようになっているのです。この遊歩道の終点であるロッカロ村のはずれにはレストランがあり、ここで、観光客は一休みすることになります。どの観光客も抵抗なくこのレストランに誘導されていました。遊歩道からロッカロ村の中に入ると、斜面に造られたロッカロ村の坂道を登って行く事になります。登りきると、そこには18世紀に建てられた小さな山の教会があります。この教会がロッカロ村のはずれになります。
13022010_08_ロッカロ村_01 13022010_08_ロッカロ村_07 13022010_09_ロッカロ村マドンナ・イムマコラータ教会_01

ロッカロ村の先の一番高いところにある村がクローザです。4つの村の中で一番古い村です。最初に海賊をやめた住民は、海賊襲撃の影響を受けない高所に村を造ったのでしょう。但し、このあたりは、旧石器時代から洞窟内に人が住んでいた形跡が見つかっていますので、最初の住民は、それを自分の住居に転用したのかもしれません。
13022010_10_クローザ村_13 13022010_10_クローザ村_08

クローザ村を更に進むと、山の頂上付近には聖域教会と墓地があります。更に山道には矢印が書かれていて、先に進むように促されます。矢印に沿って進むと山の頂上の崖淵に大きな石の十字架が立っていました。ガイドブックによると、この高さ3.5メートルの十字架は、“聖者の十字架”と呼ばれていて、17世紀に建てられ、このあたりの巡礼の最終目的地になっているそうです。辛い山道をここまで辿り着いた巡礼者は、十字架に祈りを捧げた後に、この崖淵から見える雄大な景色を見て、巡礼を成し遂げた満足感に涙を流したのかもしれません。今では、その巡礼の道もトレッキングコースになっていました。
13022010_12_クローザ村山道_05 13022010_12_クローザ村山道_06 13022010_12_クローザ村山道_07

大きな十字架からの戻り道で、木陰の中に埋もれている遺跡のような城塔が見えました。今や廃墟のような崩れかけた城塔は、見晴台だったようです。ここから海を眺めると、海の沖深くに船に乗って押し寄せてくる海賊を見つけることが出来たのだと思います。
13022010_12_クローザ村山道_02 13022010_12_クローザ村山道_12

今回は無理なく250メートルをのんびりと登りきりました。山からの下りは、距離的にずっと短い歩行者用の山道を通ってボルジオの街まで降りることとしました。南国の日差しは暖かく、道の脇には、2月中旬だというのに、もうタンポポが咲いていました。何度も美しい村を振り返りながら、気持ちよく山道を降りられました。
13022010_13_帰りの山道_11 13022010_13_帰りの山道_08 13022010_13_帰りの山道_04

ボルジオの街の入口には、大きな鍾乳洞があります。全長5キロの鍾乳洞は1933年に発見されたそうです。1日に6回、1時間のガイド付きツアーがあると表示されていました。少し興味はありましたが、山道をだいぶ歩いたこともあり、鍾乳洞の入口の写真を見てガイド付きツアーは遠慮しました。
13022010_15_鍾乳洞_02 13022010_15_鍾乳洞_04 13022010_18_ボルジオ街並_01

ボルジオの街は、少し高台にあり、昔は城壁で囲まれていたようで、一部の城壁は今でも見ることが出来ます。こじんまりとまとまった感じの良い田舎の街でした。中心部には大きなサン・ピエトロ教会があり、そこが街で一番高いところとなっていて、教会前の広場は斜面になっています。ここも特徴のある広場です。この広場に面したレストランは、この地方の名物料理であるカッポン・マーグロが美味しくて有名です。新鮮な魚介類のサラダのようなこの料理は、日本人なら絶対に美味しく感じると思います。
13022010_17_ボルジオ街並サン・ピエトロ教会_04 13022010_17_ボルジオ街並サン・ピエトロ教会_07 13022010_18_ボルジオ街並_10

最後に、ボルジオの海岸に出ました。西リヴィエラの海岸は砂浜が多いのです。ここも広い砂浜があり、道路わきの広い歩道には棕櫚の並木が南国の雰囲気を出しています。夏には海水浴客でごったがえすのだと思います。2月中旬の海岸は数組のカップルと釣りを楽しむ人だけで、波音だけが聞こえます。綺麗な青い海に突き出た丘の上に先ほど行ってきたばかりの4つの美しい村が見えます。寒いミラノに戻りたくなくなってしまいました。
13022010_18_ボルジオ街並_13 13022010_20_ボルジオ浜辺_08 13022010_20_ボルジオ浜辺_09

ボルジオ・ヴェレッツィへはフィナーレ・リグーレ・マリーナ駅前からバスに乗って一駅です。駅構内のキオスクで片道1ユーロのチケットを2枚買って、駅前の車の通る道路わきにあるSARバス、アルベンガ・アンドーラ方面行きの停留所から乗ります。バスは平日・土曜日は20分間隔、日曜祝日は30分間隔ですので、時間を心配する必要はありません。時間があるなら、リゾート地として観光客も多いフィナーレ・リグーレ・マリーナ周辺を散策してからバスに乗っても良いとおもいます。お土産も、ここならいっぱいあります。
ボルジオからの戻りもフィナーレ・リグーレ・マリーナ駅前までバスで戻ります。今度はスポトルノ・サヴォーナ方面行きの停留所からSARバスに乗ります。
ボルジオにはイタリア国鉄の鉄道駅もありますが、本数の少ない各駅停車だけしか停まりません。また、料金も1.3ユーロなので、バスのほうがぜんぜん便利です。
ミラノからフィナーレ・リグーレ・マリーナまでは、イタリア国鉄で、先にお知らせしたとおりです。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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