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2010-12-08(Wed)

トリエステとヴェネツィア・サンタルチア

何故、トリエステに行くのかと聞かれそうなほど観光地としては余り有名ではない街です。でも、最近ではクロアチアなどの東ヨーロッパ観光の玄関口として、日本人も度々この街を訪れているようです。トリエステの街の住民はイタリア語を母国語としていたこともあり、古くからイタリアへの帰属を望んでいたそうですが、この街も第1次世界大戦まではオーストリアの支配下にありました。今では海に面していないオーストリアにとって、当時トリエステは非常に重要な唯一の港だったのです。従って、この街の雰囲気はイタリアではありません。要するにイタリアの港街の(結構好きなのですが)汚くてゴチャゴチャしたところとは全く違います。街はとてもきれいで街並も整然としています。
この街の名を知ったのは、須賀敦子の著書でした。彼女と彼女の夫の愛した詩人ウンベルト・サバの出身地として、彼女が訪ねた街です。“トリエステ”という名の響きは、一度聞いたら忘れられないような魅力があり、この街を調べていくうちに、パプスブルグ家のエリザベート所縁の街で、しかも観光地としても素晴らしいところであることがわかり、ミラノから遠路はるばる来てしまったのです。

駅前ではそのエリザベートの像が観光客を迎えてくれます。街を歩く前に、列車の中から見えたアドリア海に突き出た半島の先に建っているミラマーレ城を目指しました。トリエステの鉄道駅の横のバス停からバスに乗ると地元の若い海水浴客で満員でした。海岸線を走るバスは海水浴客を徐々に降ろしながら6キロ先にある終点の港グリニャーノに着いたときには、がらがらになっていました。アドリア海に面した静かなリゾート地には、ミラマーレ城に向かう観光客を迎えるような小さなレストランがあります。
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レストランで昼食後、レストランの裏からミラマーレ城のある岬全体を包むような大きな公園に入ります。澄んだ青色のアドリア海を見ながら公園を歩くと真っ白なお城が見えてきます。それがミラマーレ城です。綺麗に整備された大きな庭園に囲まれた大理石のお城は、明らかに、今まで見てきた石でできたイタリアのお城とは違います。建てられた時代が違うこともあるでしょうが、ヨーロッパで一番の良家パプスブルグ家の文化がそこにあると思います。ミラマーレ城は19世紀に、後にメキシコ皇帝にさせられ、最後には暗殺されてしまったオーストリア皇帝の弟であるマキシミリアンが自身と妻の為の住居として建てたお城です。アドリア海に突き出たような崖淵に建っているこのお城は、すべての窓から海が見えるそうです。これは、お城というよりは超豪華な別荘です。マキシミリアンの死後、オーストリア皇后エリザベートは14回もここを訪れたそうです。
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戦いの為でなく住居として建てられたこのお城は外観だけでなく、内装も素晴らしく高貴なパプスブルグ家の品格を感じます。それに、肖像画の中にはエリザベートの姿もありました。エリザベートは肖像画ともう1つ顔の絵があります。どちらも、評判どおりの美しさです。でも、残念ながら内部は撮影禁止です。お城から出ても、周りの景色、公園内の散策は、この場所から容易に離れることが許されないような気がします。いつものイタリア旅行では味わえない空間を楽しむことが出来ました。公園内を散策しているうちに入ったところとは違う出口に出て、トリエステに戻るバスに乗りました。
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トリエステの街は2つの顔があります。オーストリアの宮殿が並ぶ港街とその港を見下ろす丘の上の旧市街です。丘への登り口にはローマ劇場の遺跡があります。比較的保存状態の良い遺跡は、今でもコンサート等に使われているようです。ここからが「トリエステの坂道」となっている旧市街です。
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丘の上にある13世紀に建てられサン・ジュスト教会は、6世紀のローマ神殿の上に建てられた教会に起源を置いています。教会の中では素晴らしいモザイクを見ることが出来ます。
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その横には、13世紀から建て始められ17世紀初頭に完成した大きなサン・ジュスト城があります。このお城は良く見るイタリアのお城と同じですが、城の城壁から異国情緒の漂うトリエステの街と港が一望できます。
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丘から港に降りてホテルにチェックイン後、港の傍の運河沿いの道沿いに歩き、須賀敦子所縁のウンベルト・サバ書店があるトリエステのメインストリートを散策して、いつものようにスローフードのレストランで食事をしました。それにしても、トリエステの街は、本当に綺麗です。ゴミ1つ落ちていません。このあたりは、18,9世紀の建物が主体で、落ち着いた街並ではありますが、それほどの古さは感じません。他のイタリア各地とかなり雰囲気が違います。それに、歩いていても全く危険を感じることがない街でもあります。
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この日の最後は、トリエステの街の中心にある、南側が海に面し、3方向がオーストリア風の宮殿に囲まれた大きなレプブリカ広場です。日没後までこの広場にいると、綺麗にライトアップされた宮殿と広場がトリエステの夜を更に美しく見せてくれました。
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ミラノ中央駅からトリエステ中央駅には直通のユーロスターが、朝1本と夕方に2本あり、所要時間は4時間15~30分で、料金は44ユーロです。1泊するつもりなら、夕方の列車で行くのも良いかもしれません。また、30分から1時間間隔で出ているヴェネツィア行きのユーロスターに乗り、ヴェネツィア・メストレ駅で普通列車に乗換えても行くことが出来ます(1時間間隔で所要時間2時間弱)。この場合でも、所要時間は4時間40~45分で到着します。料金は合計で40.05ユーロとなります。ミラノへの戻りは、朝2本、夕方1本の直通ユーロスターがあります。または、ヴェネツィア・メストレまで普通列車(1時間間隔で所要時間2時間弱)で出て、ユーロスターに乗り換えることも出来ます。直通のユーロスターを使って日帰りも可能ですが、かなり疲れるでしょう。やはり、少なくとも1泊は考えたほうが良いと思います。

実は、今回の旅行で、ちょっとしたトラブルがありました。ヴェローナからユーロスターに乗りヴェネツィア・メストレで普通列車に乗り換える予定でしたが、乗っていた車両のドアーが開かずに、その車両に乗っていた7,8人全員がヴェネツィア・メストレで降りることが出来ずに、ヴェネツィア・サンタルチア駅まで連れて行かれてしまいました。しかし、ヴェネツィア・サンタルチア駅からトリエステ中央駅までの普通列車が40分後に出ましたので、約1時間遅れでトリエステに到着できました。おかげで、30分強、ヴェネツィアの街を散策できましたのでイタリア国鉄に文句を言えません。もちろん、ヴェネツィア・メストレとヴェネツィア・サンタルチア間の料金は無料にしてもらいました。
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トリエステ中央駅からミラマーレ城へは、Trieste Transporti Linea 36グリニャーノ行きの路線バスで15~20分(料金は片道1.1ユーロ)です。但し、実際には、Linea 6のグリニャーノ行きに乗ったので。これでも同じみたいです。チケットは駅の売店で購入できます。終点のグリニャーノまで行くのが一番簡単ですが、その手前の停留所でも大丈夫です。どちらの停留所で降りても、ミラマーレ城までは公園の中を約10分歩かなくてはいけません。
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Author:matsuohj (パパロンチーノ)
2008年10月20日から2010年8月23日までの1年10カ月ミラノに滞在。その期間、北イタリアを中心に115ヶ所の街を訪ねました。それも、ほとんどが公共交通機関を利用したものです。この経験で得た情報を一人でも多くのイタリア好きの人に伝えるためのブログです。

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